モバイルバッテリー/ポータブル電源・リコール対策
中国モバイルバッテリー大規模リコールの真相──「126280」と深圳サプライチェーンが示した構造リスク(前編)
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2024〜2025年にかけて、中国発のモバイルバッテリー市場を揺るがす大規模リコールが相次ぎました。 Anker / ROMOSS / Baseus といった世界的な有力ブランドが自主回収に踏み切り、その規模は合計 200万台超 に達したと推計されています。
表向きは「一部ロットの品質不良」「安全性の懸念」といった説明ですが、その裏側には 中国の電池産業の過剰生産・価格下落・サプライチェーンの脆弱性 が複雑に絡み合っています。
本稿の前編では、 何が起きていたのか/問題の中心となったセル「126280」とその供給元/Shenzhen(深圳)サプライチェーンの「同じ中身・別ブランド」構造/なぜ「3C認証を取っていても安心ではなかった」のか を整理し、モバイルバッテリー/ポータブル電源市場が本質的に抱えている構造リスクを解説します。
1. 何が起きたのか:Anker / ROMOSS / Baseus の大規模リコール
まず、中国モバイルバッテリーの大規模リコールがどのような形で表面化したのかを整理します。 2024〜2025年にかけて、「中国 モバイルバッテリー リコール」「ポータブル電源 リコール」といったキーワードを賑わせたのは、 Anker / ROMOSS / Baseus など、いずれも世界的な有力ブランドでした。
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Anker
モバイルバッテリー「PowerCore」シリーズの一部について約71万台をリコール。 米国では旧モデル「PowerCore 10000」シリーズで100万台超のリコールが告知され、 発火・爆発など19件の事故報告が公表されています(People.com)。 -
ROMOSS
Senseシリーズなど約49万台を自主回収(主に中国・アジア各国で展開)。 -
Baseus
正確な台数は非公表ながら、EC経由の販売分を中心に 数十万台規模と推定されるリコール・販売停止が行われました。
いずれのブランドも、公式な説明としては 「充電中や使用中に発熱・発煙・発火する可能性がある」 ことを理由にリコールを実施しています。
アメリカでは Casely の「Power Pod」が 42.9万台リコールされるなど、 中国製モバイルバッテリーのリコールは米国・欧州・アジアを巻き込んで 世界規模で連鎖している状況です(AP News)。 日本でも、消費者庁が 2024年9月時点で 「ポータブル電源(リチウムイオン)による重大製品事故 16件」を公表するなど、 火災・焼損事故が目立ち始めています(中央労働委員会公表資料)。
2. 共通した「犯人」:Apex(旧 Amprius Wuxi)のセル「126280」
各社のリコール告知や中国側の報道を丹念に追っていくと、Anker / ROMOSS / Baseus など複数のブランドに 共通して登場する電池セルが浮かび上がります。 それが、Apex(安普瑞斯〈無錫〉有限公司/旧 Amprius Wuxi)のリチウムポリマーセル 「126280」です。
- 形式:126280
- 種類:リチウムポリマー(Li-Po)
- 公称容量:約 10,000mAh
- 公称電圧:3.85V
- 寸法:12 × 62 × 80 mm
10,000mAh級の薄型モバイルバッテリーでよく見かける、 いわば「おなじみのサイズ」のセルです。 Anker や ROMOSS、Baseus といったブランドはそれぞれ別の企業ですが、 中身のセルに注目すると、以下のような構図が見えてきます。
- 内部セルは 同じサプライヤー(Apex)
- 型番も 共通の 126280
- Shenzhen の ODM が同じ設計をベースに、外装やブランド名だけ変えて量産
表面上は「ブランドごとに別々の事故が起きている」ように見えますが、実際には 「共通セルの問題」が一斉に顕在化したリコール だったと理解するのが自然です。
3. 「3C認証があるのになぜ?」──CCC制度と認証停止
話をややこしくしているのが、問題のセル「126280」を供給する Apex が、 中国の強制認証制度(3C/CCC)を取得していた 点です。「3C認証を取っていれば安全なのではないか?」という素朴な疑問が湧きます。
CCC(3C)とは?
- 中国強制製品認証(China Compulsory Certification)
- モバイルバッテリーやリチウムイオン電池は 2023年以降、強制認証の対象に追加
- 2024年8月1日以降、CCC 未取得の電池・バッテリーパック・モバイル電源は、中国国内で製造・販売・輸入が禁止される運用へ(ChemLinked 等の報道)
Apex も 126280 で CCC 認証を取得していましたが、今回の事故多発・リコールを受けて、
- 複数の 3C 認証が「停止」扱いとなり
- ISO など関連認証の停止も報じられる
という事態に発展しました。
ここから導かれるメッセージは明快です。 「認証を取ってさえいれば安全」という時代は完全に終わった ということです。
- 認証はあくまで「ある時点での代表ロットが基準を満たした」という証明にすぎない
- その後の量産工程・原材料変更・コストダウンが、認証時の品質を簡単に崩してしまう
- 過剰生産と価格競争の中で、この「アフター認証品質」が大きく劣化している
126280 セル問題は、「認証マーク」よりも 「製造実態」と「量産品質」のほうがはるかに重要 であることを、非常に痛い形で示したケースと言えます。
4. 深圳サプライチェーンの「同じ中身・違うブランド」構造
秋葉原の店頭や日本の EC サイトを眺めていると、 明らかに同じ筐体・同じ UI なのにロゴだけ違うポータブル電源/モバイルバッテリーが大量に並んでいることに気づきます。 これは単なる「コピー商品」ではなく、 深圳を中心とした ODM サプライチェーンのビジネスモデルそのものです (tritekbattery.com, lipowergroup.com などのODM紹介資料)。
プラットフォーム型 ODM
- Shenzhen〜Dongguan 一帯には、ポータブル電源・モバイルバッテリー専門の ODM が多数存在
- 回路設計・筐体・BMS(Battery Management System)は共通の「リファレンスデザイン」
- 顧客(ブランド)はロゴ・色・パッケージ・マニュアルを変えるだけで「自社製品」として販売可能
セルと BMS の共通化
- 内部セルも、Jackery / EcoFlow / Bluetti などを含む多数ブランド間で 同じセルメーカーを共有するケースがある(Manufacturing レポート等)。
- BMS もファームウェアと安全マージンを少し変える程度で「流用」されることが多い。
MOQ(最小発注数量)と在庫リスク
- 10万円以下クラスのポータブル電源でも MOQ は 5,000〜10,000台クラスが一般的
- 1台 5万円の製品を 1万台発注すれば、在庫リスクは 5億円規模
- 日本の商社/ディストリビューターが単独でこのリスクを負うモデルは、すでに破綻しつつある
在庫が「ブランドを渡り歩く」構造
- あるブランドで売れ残った在庫が、ロゴだけ差し替えられて別ブランドとして再登場
- 越境 EC プラットフォーム向け「ノーブランド品」として投げ売りされる
ユーザーから見れば「知らない格安ブランド」でも、 中身はすでに問題が指摘済みの設計/セルである──というケースも起こり得ます。 Anker / ROMOSS / Baseus の 126280 問題は、この 「同一プラットフォームを複数ブランドで使い回す」構造が、リスクもまとめて共有してしまう ことを示した事件と言えるでしょう。
5. 中国のデフレ・過剰生産が安全マージンを削っていく
背景には、中国のリチウムイオン電池産業が抱える 過剰生産と価格下落(デフレ圧力)があります。
- 2022〜2023年にかけて、中国の電池工場の平均稼働率は 51% → 43% へ低下し、さらに低下が見込まれている(ブルームバーグ報道)
- リチウムイオン電池パックの平均価格は 1kWh あたり 115ドルまで下落し、中国では約 94ドル/kWh と世界最低水準(BloombergNEF)
- TrendForce などの調査でも、中国のリチウム電池産業は 2024年以降も過剰設備と価格下落に苦しむと指摘されている(CnEVPost, EVMagz 等)
このような環境では、
- 価格を下げないと受注が取れない
- しかし、原材料や電解液、安全マージンを削ると事故リスクが上昇する
- 認証取得のための投資や工場監査コストも大きな負担になる
つまり、「価格デフレ」と「安全コスト」が真正面から衝突している状態です。 Apex の 126280 のようなケースは、その衝突がモバイルバッテリー市場に現れた一例にすぎません。
6. 「市場はまだ成長する」というコンサル予測が見落としているもの
多くの市場調査レポートは、ポータブル電源/モバイルバッテリー市場について 防災ニーズ・アウトドア需要・BCP(事業継続計画)用の法人需要を根拠に、 年率 10%前後の CAGR で今後も成長 といった、比較的楽観的な予測を提示してきました(tritekbattery.com など)。
しかし、それらの前提には次のような 「負の要因が顕在化しない」という暗黙の仮定が含まれています。
- 越境 EC やグローバル物流がスムーズに機能し続ける
- 中国の電池・電子機器産業が「安全に」「安く」供給を続けられる
- 大規模リコールや規制強化が、市場全体を揺るがすレベルに達しない
実際には、すでに以下のような「負の前提」が現実化しています。
- 大規模リコールが連鎖している
- 中国は 3C 認証を強制化し、航空機内持ち込みも「3Cマーク必須」にシフト(2025年6月以降、認証無し/リコール品の機内持ち込みを禁止する動き:Reuters, cqc.com.cn 等)
- 日本・米国・EU でもリチウム電池系製品の事故とリコールが急増(AP News, People.com など)
その結果、ポータブル電源市場は、 かつてのような「成長市場」ではなく、 「構造的な欠陥を抱えた高リスク市場」 へと評価が変わりつつあります。
7. 日本側で何が起きているか:技術基準と事故、そして規制強化の予兆
日本でも、経済産業省や各種事故調査委員会が、 ポータブル電源・リチウムイオン蓄電池搭載機器の事故分析と技術基準策定を進めています(経済産業省資料など)。
- ポータブル電源専用の安全要求事項(IEC 62368-1 / IEC 62133 系列)をどこまで取り込むか
- PSE(電気用品安全法)対象範囲の整理・拡張
- バッテリーセルだけでなく、「装置全体」としての熱暴走対策・BMS 設計の評価
背景にあるのは、 「越境ECで買ったポータブル電源なのに、日本国内で事故が起きる」 という難題です。
- ユーザーは「日本の EC サイトで注文した」つもりでも、実際には中国の事業者からの直接輸入(越境EC)というケースが多い
- その場合、日本の PSE や PL法、リコール制度をどこまで適用できるのかが曖昧
- 事故・廃棄・リサイクルのコストが、日本側の自治体・消防・廃棄業者にしわ寄せされる
このギャップを埋めるために、2026年4月からは 「リチウムイオン電池内蔵製品の回収・リサイクル義務化」 がスタートします。モバイルバッテリーも「指定再資源化製品」に追加される方針が打ち出されており、 製造・輸入事業者には自社製品の回収と再資源化が法律上の義務になります (不用品回収総合相談窓口などの周知情報)。
3-2. 経産省による安全性要求事項(中間とりまとめ)
こうした状況を受けて、経済産業省は 「ポータブル電源の安全性能に係る技術基準等検討委員会」を設置し、 2024年2月に安全性要求事項の中間とりまとめを公表しました(経済産業省)。
- 過充電・短絡・誤配線等のリスクシナリオの洗い出し
- BMS(バッテリーマネジメントシステム)の必須機能の明確化
- 充放電時の温度管理・過負荷保護
- 耐落下・耐振動などの機械的強度の確保
- 誤使用・想定外使用も含めたリスクアセスメントの義務づけ など
現時点では法的拘束力のある PSE 基準そのものではないものの、 第三者認証(Sマーク制度)の基準として採用され、日本ポータブル電源協会では JIS 規格案の策定作業が進行中です。
つまり日本市場も、「規制がないから野放し」という段階から、 “いつ PSE 並みの規制対象になってもおかしくない”過渡期 に入りつつあると言えます。
4. 2026年から変わる「捨て方」のルール──廃棄・回収コストの顕在化
ポータブル電源を語るうえで見落とされがちなのが、 売った後の“お片付け(廃棄・回収)”を誰がどう負担するのか という問題です。
4-1. 小型二次電池のリサイクル義務と対象拡大
日本では、リチウムイオン電池などの小型二次電池について、これまでも 資源有効利用促進法に基づき、製造・輸入事業者に 自主回収と再資源化が義務づけられてきました。
さらに、2026年4月からは
- モバイルバッテリー
- スマートフォン
- 加熱式たばこ
などが新たに「指定再資源化製品」として追加される方針が示されており、 製造・輸入事業者の責務は一段と重くなります。
自治体や家電量販店の回収ボックス、小型家電リサイクル法の枠組みも拡張されつつあり、 「リチウムをどこでどう捨てるか」は、 消費者にとっても企業にとっても無視できないテーマになっています。
4-2. 事後処理コストから逃げるプレイヤー
問題は、ポータブル電源のサプライチェーンを支えてきた
- 深圳の零細 ODM メーカー
- それに依存する中小ブランド
の多くに、事後処理コストを負担するインセンティブも体力もないということです。
すでに日本国内では、大手機器商社系のポータブル電源販売事業者が 在庫処理後の撤退を選択する動きも出ています。 これは単に「売れないから撤退」なのではなく、
廃棄・回収まで含めたトータルリスクを負いきれない
という判断の結果と見るべきでしょう。
8. 前編のまとめ──126280の先にある「構造問題」
Anker / ROMOSS / Baseus を巻き込んだ 126280 セル問題は、 たまたま一社の品質不良が起きたわけでも、 たまたま認証の抜け穴を突かれたわけでもありません。
- 深圳サプライチェーンの 共通設計・共通セル・多ブランド化 構造
- 中国の 過剰設備と価格デフレ による安全マージンの圧迫
- 認証制度(3C / PSE / CE 等)が量産実態を追いきれていない現状
- 越境ECと低価格志向が作り出した 「安さ優先」の市場構造
- 売った後の廃棄・リサイクル義務が本格化し、在庫リスクと事後処理リスクが一気に顕在化しつつあること
こうした構造的な欠陥が一斉に噴き出した事件──それが、 「中国モバイルバッテリー大規模リコール」と「126280セル問題」の本質です。
後編では、
- 越境 EC 規制強化と中国デフレがポータブル電源市場に与えるインパクト
- MOQ と在庫リスクの観点から見た「日本の商社・ディストリビューター撤退」の構造
- 2026年以降の廃棄・リサイクル義務化と、すでに市場に出た製品の「後始末」問題
- セルメーカーが AI データセンター向け UPS にシフトしつつある今、ポータブル電源市場に何が残るのか
といったトピックを掘り下げ、 「中国 モバイルバッテリー リコール」や「126280 リスク」を、 調達・購買・自治体の視点からどう捉え直すべきかを考えていきます。