Ⅰ.本稿の位置づけ

あらためて、本稿の位置づけを確認します。
本稿は、オフグリッドという概念がどのような制約条件のもとで、実際のシステムとして具現化されたのかを示すものです。

第1回では、オフグリッドを「外部同期や中央制御に依存しない、自律・分散・非同期の設計思想」として定義しました。
第2回では、マイクログリッド/スマートグリッド/オフグリッドを制御構造として比較し、 エネルギーシステムを工学的に評価すると、オフグリッドが最適解に収束することを論理的に示しました。

本稿では、その結論がどのような技術的制約と選択の積み重ねによって実装されてきたのかを整理します。
ここで扱う「実装」とは、特定メーカーの仕様や部品構成の話ではなく、設計原理が現実の環境条件のなかで どのような構成に落ち着かざるを得なかったかという、工学的な設計論です。

Ⅱ.時代背景と前提条件

パーソナルエナジーの原型となるオフグリッドシステムの検証を開始したのは2008年頃でした。
当時は、現在のような前提条件が整っていたわけではありません。

たとえば、リチウムイオンバッテリーについては、

  • 大容量化
  • 大量生産
  • 産業用途としての長期信頼性

といった条件が、実運用レベルではまだ十分には成立していませんでした。
実験室レベルや理論上では高性能化が示されていたものの、「24時間365日、10年単位で動かす主体電源」としては未知数だった時期です。

同様に、大電流または高電圧をミリ秒単位で計測・制御する技術も、研究用途を除けば「一般に実装可能」とは言いがたい状況でした。 太陽電池についても、いわゆるメガソーラーが市場に現れる直前であり、脱炭素という社会的要請が「運動」として広がる前夜でした。

当時の市場は、全体最適よりも部分最適、長期運用よりも短期的な普及と量産を重視する傾向が強く、
エネルギーシステム全体を一つの構造として設計する視点は、現在よりもさらに希薄でした。
そのような環境のなかで、長期連続運用を前提としたオフグリッドシステムを実装することは、決して自明な選択ではなかったと言えます。

Ⅲ.オフグリッド実装における制約条件

本システムの設計において、最初に定義されたのは「理想の姿」ではありませんでした。
まず置かれたのは、現実に運用を成立させるための制約条件です。

明示された制約条件は、次のとおりです。

  • 系統同期を前提としないこと
  • 外部制御を前提としないこと
  • 常時有人運用を前提としないこと
  • 非常時と平常時を分けないこと
  • 長期連続運用に耐えること

これらは理念的なスローガンではなく、現実に24時間365日、10年単位で動かすための必要条件として設定されたものです。
いいかえれば、「この制約条件をすべて満たせない構造は、そもそも長期運用に耐えない」と判断していたということでもあります。

Ⅳ.自律分散システムとしての定義

自律分散システムには複数の定義がありますが、本稿では次の表現がもっとも簡潔だと考えています。

「システムを構成する各要素が個々に自律性を保ちながら行動し、相互に協調することで、システム全体として秩序を生成する構造」

この概念は1970年代後半から提唱され、1980年代以降、鉄道・鉄鋼・産業制御分野において実システムとして適用されてきました。
つまり自律分散システムは、当初からSystem of Systemsとして設計された先行事例を持つ、成熟した概念です。

これを電力エネルギーインフラに適用する場合、少なくとも次の3点が不可欠な実装要件になります。

  • 主電源(Primary Power)を何によって得るのか
  • 内外部から独立した自律動作とフェイルセーフが成立するか
  • 24時間365日、10年単位の連続運用に耐えられるか

本システムは、これらの要件をすべて満たすことを前提に設計されています。
ここから、具体的な構成要素と制御方式が決まっていきました。

Ⅴ.システム全体構成

システム全体の構成は、次の抽象レベルで整理されています。

  1. 主体電源(Primary Power Source)
  2. 蓄電要素(Energy Buffer)
  3. 負荷側制御(Load Priority / Load Control)
  4. 制御系(Local Autonomous Control)

ここで重要なのは、中央制御装置が存在しないという点です。
すべての要素はローカルに自律しつつ、必要な情報だけをやり取りする構造になっています。

オフグリッド、自律分散、非同期をエネルギー分野で実装するうえで、この構造はかつて 「オフコンからパーソナルコンピュータへ」と移行した情報処理の歴史とよく似ています。
こうした発想から、開発コードは「パーソナルエナジー」と名付けられました。
すなわち、「集中処理の電力版」ではなく、「パーソナルコンピュータに近いエネルギーシステム」をめざしたと言えます。

Ⅵ.主体電源と負荷制御の考え方

主電源には、地球上のどこでも入手可能で、地政学的リスクの影響を受けにくい太陽電池を選択しました。
天候や季節による不安定性は、設計段階から織り込み済みであり、スマートメーターによって全国規模で取得してきた発電量の一次データが活用されています。

この不均衡を均す要素として、バッテリーをエネルギーバッファとして配置し、 化学特性に応じて High / Middle / Low の階層構成を採用しました。 いわば「時間軸の違うバッファ」を組み合わせることで、日変動から季節変動までを吸収する構造です。

負荷制御については、単なる需要追従ではなく、「足るを知る」制御が実装されています。
重要なのは高精度な予測モデルではなく、「現時点の状態を把握したうえで、制約条件のなかへ収束させる」制御です。

負荷側のプロトコルはすべてオフグリッド側で吸収し、機器メーカーや通信仕様への依存は排除しています。
これにより、「どの機器をつないでも、オフグリッド側のルールで動かす」という構造が保たれます。

Ⅶ.制御思想:自律・分散・非同期

本システムにおける制御思想は、次の3点に集約されます。

自律

状態遷移はシステム内部の条件で完結し、外部からの命令を待たないことを意味します。
すなわち、「誰かがスイッチを押さないと動かない」構造ではなく、許された範囲で自ら判断する構造です。

分散

各要素が独立した判断軸を持ち、単一点障害(Single Point of Failure)を作らないことを意味します。
どこか一箇所が停止しても、全体が巻き込まれないように設計されています。

非同期

全体同期を前提とせず、局所最適の積み重ねによって全体が安定することを意味します。
「全員が同じタイミングで同じことをする」ことを強制しないかわりに、「各自が許容範囲内で動き、それが結果として全体の安定につながる」構造です。

これらは安心感や安全性といった情緒的な概念ではなく、制御理論および分散システム論に基づく設計原理です。
オフグリッドは、この原理をエネルギーシステムにそのまま適用した構造だと言えます。

Ⅷ.長期運用に耐える理由

本構成が長期運用に耐える理由は、実は非常に単純です。

  • 制御ロジックが単純であること
  • 外部変数が少ないこと
  • 障害が局所化する構造になっていること
  • 保守点検の対象が限定されること

本システムは、人手を介さずに10年連続無停止で運用することを前提に設計されています。
そして、この前提は2011年のパーソナルエナジー運用開始からすでに2026年、15年が経過したことで実績としても全国各地で成立しています。

もちろん、現実には部品交換や点検は必要です。しかし、それらは「例外的な作業」としてではなく、
構造として想定されたメンテナンスサイクルのなかに組み込まれています。
その前提が崩れないよう、制御ロジックとハードウェア構成が意図的に単純化されています。

Ⅸ.スマートメーター/スマートグリッドとの関係

本システムにおいて、スマートメーターとスマートグリッドは次のように位置づけられます。

  • スマートメーター:観測装置(Observation Layer)
  • スマートグリッド:補助的制御概念(Auxiliary Control Concept)
  • オフグリッド:基盤構造(Foundational Architecture)

当社は2010年から2015年にかけてスマートメーターを自社開発・展開し、その過程で取得した一次データは、
当時のハードウェアやソフトウェア環境では処理しきれない規模のものでした。

しかし2018年以降の機械学習技術と計算資源の進展により、これらのデータはオフグリッドシステムの最適設計にとって非常に有効な資産となっています。
観測データはあくまで「入力」であり、その上に構成されるエネルギーシステムの構造こそが、オフグリッドの本体です。

Ⅹ.製品としてのパーソナルエナジー

2011年に発売された BMS576 を起点として、本システムは段階的に進化してきました。
現行機種である「JIZAI」は、工場や物流拠点、さらには小規模な町全体をオフグリッド化することに成功しています。

可搬型UPSは、これらオフグリッドシステムの派生形・簡易実装であり、主構造そのものではありません。
製品は目的ではなく、設計結果としての表現形にすぎません。

重要なのは、「JIZAI」や可搬型UPSという製品名そのものではなく、
それらに共通する自律・分散・非同期という構造です。
その構造があるからこそ、「止まらない工場」「止まらない物流拠点」「止まらない町」が現実のものになりつつあります。

Ⅺ.結論――主客転倒としてのパーソナルエナジー

オフグリッドは、特定の部品や一つの技術名称を指すものではありません。
正しく制約条件を置き、その条件のもとで「長期にわたり安定して動く構造とは何か」を追求した結果、自然に到達した設計解です。

工学的にもっとも単純で、もっとも安定する構造として残ったシステムがオフグリッドであり、
その実装形のひとつが、私たちが「パーソナルエナジー」と呼んでいる装置群です。

パーソナルエナジーは、「すべてのエネルギー消費者がエネルギー生産者になる」という主客転倒を実現する変換装置です。
集中型のインフラに「接続される側」だった私たちが、自らエネルギーを生み、制御し、分かち合う側へと移る――。
その構造変化を、私たちはオフグリッドという言葉で表現しています。