Policy Context Bridge

2026年基本計画に書かれていることと、今日使えることは同じではない

公式の位置付け

2026年6月12日、政府は「首都直下地震緊急対策推進基本計画」を変更し、首都中枢機能、在宅避難、広域的避難、帰宅困難者、医療・福祉、物流、企業BCP、二地域居住・テレワーク等について、具体的な施策と目標値を設定しました。

Bridge Question

その仕組みは、今日すでに使えるのか?

将来目標ではなく、現在の基準値と実災害時の稼働条件を対応付け、発災日に使える能力を確認します。

本稿でいう「実装率」は政府の公式指標ではありません。公表された基準値・目標値・実災害記録を、発災時の利用可能性へ翻訳するための分析上の概念です。

今日、首都直下地震が起きたら、何が止まり、何が使えるのか

2026年基本計画の現在地

12%、19.7%、27%、54.8%など、計画に記載された基準値と将来目標を比較します。

「皆が動けば、皆が動けなくなる」の意味

道路だけでなく、電力、水、物流、医療、人員に共通する需要集中の制約として読み解きます。

指定数と稼働可能数の違い

福祉避難所約1,600か所と、社会福祉施設の3日分電力確保12%、熊本地震の実例を対応付けます。

この記事が示す解

ボトルネックを先に解消し、人・機能・物資・データを動ける平時から分散する。発災後の移動と支援需要を減らし、「何も起こさない価値」を経営判断に組み込みます。

Risk Model / 19 Earthquakes

1. 30年以内70%程度、19地震――それでも発生場所は先に決められない

内閣府の2025年12月公表資料では、南関東地域の直下でプレートの沈み込みに伴うM7クラスの地震が発生する確率を、今後30年間で70%程度としています。一方、発生場所はあらかじめ特定されていません。

そのため、M7クラスについて19地震を想定して震度分布を推計し、首都中枢機能への影響等を考慮して都心南部直下地震を代表的な被害想定に選定しています。

19のモデルを計算できることと、現実の発災状態を一つの未来として予測できることは同じではありません。

発生時刻、季節、風、鉄道・道路の利用状況、病院・福祉施設の稼働状態、停電・通信障害、職員参集、複合災害まで組み合わせると、実際の障害パターンはさらに増えます。AIは多数のシナリオを計算できますが、「どこで何が欠落するか」を完全に事前確定することはできません。

したがって、解は「壊れる場所を当てる」ことだけではなく、どこが壊れても必要な機能が残る構造を先に作ることになります。

出典:内閣府「首都直下地震(被害想定の対象とする地震・M7クラス)」2025年12月19日。 一次資料 ↗

Scale / Demand

2. 約480万人の避難者、約840万人の帰宅困難者――供給能力だけでは処理できない

都心南部直下地震の最新想定では、死者約1.8万人、全壊・焼失約40万棟、避難者約480万人、帰宅困難者約840万人とされています。

死者

約1.8万人

全壊・焼失

約40万棟

避難者

約480万人

帰宅困難者

約840万人

この規模では、発災後に避難所、道路、物流、医療、燃料、行政職員を増やすだけでは処理し切れません。そのため基本計画は、在宅避難、一斉帰宅抑制、広域的避難、二地域居住、テレワーク等を同時に進めています。

出典:内閣府「首都直下地震対策検討ワーキンググループ報告書概要」2025年12月19日。 一次資料 ↗

Basic Plan / Key Phrase

3. 「皆が動けば、皆が動けなくなる」――発災後の制約を、発災前の行動へ反転する

「皆が動けば、皆が動けなくなる」

2026年6月12日閣議決定 「首都直下地震緊急対策推進基本計画」 43ページでは、限られた道路交通機能を人命救助、ライフライン・インフラの復旧、 要配慮者への対応、避難所や在宅避難者への生活物資の確保等に充てるため、 この言葉を示したうえで、一般車両の利用や帰宅困難者の一斉帰宅を自粛するよう求めています。

出典:内閣府「首都直下地震緊急対策推進基本計画」 (令和8年6月12日閣議決定)43ページ /「7 緊急対策区域における緊急対策の円滑かつ迅速な推進に関し政府が講ずべき措置」

この文言は発災後の交通行動を対象にしています。しかし、時間軸を反転すると、運用上の問いが見えてきます。

発災後

動けなくなってから、全員で動こうとしない。

発災前

動ける間に、人・物・情報・権限・受入先を動かしておく。

これは政府文書の直接的な命令ではありません。本稿が、基本計画に並ぶ在宅避難、広域的避難、分散帰宅、二地域居住、テレワーク、代替機能を一つの時間軸へ対応付けたときに導出する実装上の解です。

出典:内閣府「首都直下地震緊急対策推進基本計画」2026年6月12日、発災後の対応。 一次資料 ↗

Baseline / Target

4. 2030年・2035年の完成形ではなく、計画に書かれた「現在地」を見る

基本計画には、施策ごとに異なる基準年の実績値と将来目標が記載されています。以下は2026年のリアルタイム実測値ではなく、基本計画に掲載された基準値です。基準年がR4、R5、R6、R7と異なる点に注意が必要です。

項目 計画記載の基準値 目標 実装上の意味
家庭:食料3日分以上 60%【R7】 100%【R17】 在宅避難の最低条件
家庭:飲料水3日分以上 70%【R7】 100%【R17】 在宅避難の最低条件
家庭:携帯・簡易トイレ3日分以上 27%【R7】 100%【R17】 在宅避難・衛生のボトルネック
社会福祉施設:3日分電力確保対策 12%【R4】 49%【R12】 要配慮者を支える施設自身の継続能力
民間物資拠点:災害時機能維持用電源 19.7%【R5】 50%【R12】 支援物資の中継機能そのもの
中堅企業:BCP策定完了率 54.8%【R7】 80%【R17】 策定率であり、発災時の稼働率ではない
大企業:BCP策定完了率 75.8%【R7】 100%【R17】 訓練・BCMで実効性を高める必要
地方公共団体:受援計画策定率 84%【R7】 100%【R15】 自組織が低下したとき外部支援を受ける設計
ホテル・旅館活用マニュアルを作成した都県 30%【R6】 100%【R17】 広域的避難の受入れ実装
特定居住促進計画の策定数 5件【R6】 600件【R11】 二地域居住・テレワークを平時に定着

地震は2030年度や2035年度の目標達成を待ってくれません。発災日に利用できるのは、その日までに実装され、訓練され、外部依存を含めて機能するものだけです。

出典:内閣府「首都直下地震緊急対策推進基本計画」2026年6月12日。各指標の基準年・対象範囲は原資料を参照してください。

Welfare / Bottleneck

5. 最も見落としにくいボトルネック――社会福祉施設「3日分の電力確保」12%

基本計画は、廃止予定施設等を除く社会福祉施設等のうち、大規模地震時にも対応可能な非常用自家発電設備による3日分の電力確保の強化が必要な施設について、対策完了率を12%【R4】、2030年度の目標を49%【R12】としています。

Power Readiness

12

計画に記載された基準値。3日分の電力確保の強化が必要な社会福祉施設等の対策完了率。

2030 Target

49

2030年度目標でも半数には届かない。目標年までの移行期間にも地震は発生し得ます。

福祉施設では、電力が空調、給水・排水、エレベーター、ナースコール、見守り、医療機器、通信、調理、記録等の複数機能を支えます。電源が失われると、施設は要配慮者を支える側から、新たな避難・搬送・医療・介護需要を発生させる側へ転じる可能性があります。

東京都には福祉避難所約1,600か所。しかし「指定数」と「稼働可能数」は同じではない

東京都は、2024年4月1日時点で都内に避難所約3,200か所、そのうち福祉避難所約1,600か所を確保し、避難所の収容人数を約280万人としています。

しかし、福祉避難所として指定されていることと、発災後に電力・空調・水・排泄・職員・通信・搬送まで成立していることは別の命題です。

出典:東京都防災ホームページ「避難所及び避難場所」。 公式情報 ↗

Implementation Fact / Kumamoto 2026

令和8年熊本地震では「指定されているのに使えない」が現実になった

NHKは、真夏の猛暑、停電、冷房設備の不足等により、指定避難所等の少なくとも23か所で、開設できない、または十分に機能しない事態が生じたと報じています。

令和8年熊本地震では、電気、通信、水、道路、燃料、医療・福祉施設、避難機能が同じ地域で同時に低下しました。既存の記事207では、厚生労働省の報告を時系列で追い、発災23分後の「被害報告なし」から、約72時間後には高齢者関係施設734、障害児者関係施設286へ把握件数が拡大した過程を記録しています。

発災後に問われるのは「福祉避難所が何か所指定されているか」ではなく、「72時間後に何か所が実際に受入可能な状態で残っているか」です。

Stay / Demand Reduction

6. 在宅避難は「自宅にいる」だけではない――避難所と道路へ集中する需要を減らす

基本計画は、自宅で生活できない人を避難所で支援する一方、それ以外の人には在宅避難を積極的に進める方向を示し、家庭には「最低3日間、推奨1週間」分の水・食料等の備蓄を求めています。

食料3日分以上

60%

【R7】→100%【R17】

飲料水3日分以上

70%

【R7】→100%【R17】

携帯・簡易トイレ3日分以上

27%

【R7】→100%【R17】

在宅避難を政策として位置付けても、住宅安全、備蓄、排泄、電力、通信が成立しなければ、避難所へ移動する需要は減りません。特にトイレ3日分の備蓄率27%は、電力とは別のボトルネックを示しています。

在宅避難の価値は、避難所の収容人数を増やすことではなく、避難所へ行かなくて済む人を増やし、救命・福祉・物流へ使える資源を残すことにあります。

Lifeline / Time Gap

7. 電気が戻っても、人が働けるとは限らない――下水道は1か月以上の復旧も想定される

基本計画は、上水道について応急給水を行いながら迅速な復旧を目指す一方、下水道については復旧に1か月以上を要する可能性もあるとしています。

「商用電源が復旧したオフィス」と「人間が継続して働けるオフィス」は同じではありません。

電源、サーバー、建物が残っていても、水、トイレ、空調、エレベーター、交通、自宅の生活環境が戻らなければ、多数の従業員を首都圏のオフィスへ戻すことはできません。BCPを「何時間発電できるか」だけで設計すると、生活インフラとの時間差が残ります。

出典:内閣府「首都直下地震緊急対策推進基本計画」ライフラインの機能維持・早期復旧に関する記載。

Business Continuity / Not a Document

8. BCP策定54.8%は、発災時に54.8%動くという意味ではない

基本計画では、中堅企業のBCP策定完了率は54.8%【R7】、2035年度に80%を目標としています。大企業は75.8%から100%が目標です。

しかし、BCPが存在していても、決裁者が参集できない、家族の安全確保が必要、通信が不安定、物流が止まる、水が使えない、取引先が停止するといった条件が重なれば、計画上の業務は実行できません。

基本計画自身が「実効性」を求めている

基本計画は、企業にBCPの作成だけでなく、BCMを通じた見直し、幹部を含む訓練を求めています。また、事業継続の取組を評価する制度を促進し、進んだ企業がその結果によるメリットを得られるようにする方向を示しています。

したがって、記事で見るべき数字は「策定率」だけではありません。誰が不在でも、どの拠点が止まっても、最低限の業務をどこから再開できるかです。

Wide-area Evacuation / Before Disaster

9. 広域的避難を「発災後の移動」だけで考えない

基本計画は、東京圏の地方公共団体が、茨城、栃木、群馬、山梨等の首都圏郊外部を始めとする他自治体との協定、自ら所有する保養所、ホテル・旅館等を活用して広域的な避難先を確保し、受入可能人数や移動方法を定めることを求めています。

Hotel / Ryokan Manual

30% → 100%

ホテル・旅館等を避難所として活用する際のマニュアルを作成している都県の割合。【R6→R17】

Two-region Plan

5件 → 600件

特定居住促進計画の策定数。【R6→R11】

さらに基本計画は、広域的避難先の確保と避難先での円滑な勤務につなげるため、平時から二地域居住やテレワークの定着を図るとしています。

ここから導ける実装上の解は、地震が起きてから人を大量に移すことではありません。地震が起きてから動かなくて済むように、平時から人・業務・権限・データ・受入先を分散しておくことです。

出典:内閣府「首都直下地震緊急対策推進基本計画」広域的避難、二地域居住・テレワーク、分散帰宅に関する記載。

Implementation Rate / Definition

10. 「実装率」は平均点ではない――0になる場所を探す

本稿の「実装率」は、設備導入率、BCP策定率、備蓄率を平均する指標ではありません。必要な機能について、発災日に実際に使える条件が揃っているかを確認するための考え方です。

制度
計画・指定
設備
電源・水・通信

参集・権限
外部依存
物流・燃料
代替
別拠点・縮退
実行
今日使えるか

例えば、電源80%、通信70%、人員60%を平均して「70%動く」とは言えません。必須の給水や権限継承が0なら、その業務は止まります。

重要なのは「何が不足しているか」ではなく、「何が0になると全体が止まるか」を特定することです。

Solution / Before the Event

11. 動ける間に動き、発災後に必要となる移動を減らす

発災後に道路、電力、水、燃料、医療、物流、人員が不足することを前提にするなら、対策は「不足した後に増やす」だけでは足りません。

01 / Measure

今日使える能力を測る

将来目標ではなく、今日の人員、電源、水、通信、物流、受入先、代替拠点を確認します。

02 / Remove

0になるボトルネックから潰す

平均的に強くするのではなく、停止すると全体が機能不全になる一点を優先します。

03 / Distribute

発災前に分散する

人、権限、データ、在庫、電源、通信、受入先を一つの地域・設備・担当者へ集中させません。

東京に置く必要のない機能を、東京だけに置かない。

これは東京を否定する議論ではありません。東京という場所が使えない時間にも、東京が担っていた機能を別の場所から継続できるようにする事業継続設計です。

12. 企業BCPで平時に移しておくもの

本社機能を丸ごと地方へ移す必要はありません。首都圏が使えない数日から数週間に、最低限の事業を再起動するための単一点依存を減らします。

人・権限

経営者・決裁者が首都圏から出られなくても、代理順位と権限移譲で重要業務を継続できるようにします。

データ・通信

東京の一拠点・一回線・一クラウド接続に依存せず、地域外から業務へ到達できる経路を持ちます。

受発注・決済・顧客対応

東京のオフィスが閉鎖されても、地方拠点や在宅から最低限の受発注、決済、情報発信を継続できるようにします。

在庫・物流・電源

在庫、物流拠点、重要負荷を一地点へ集中させず、非常時に別経路へ切り替えられる状態を平時から作ります。

「発災後に大阪・福岡へ集合する」のではなく、発災時点ですでに別地域だけで最低限の会社を起動できるかを確認します。

ROI / VOI

13. なぜ、分かっていても備えないのか――「何も起こらなかった価値」が見えにくい

危険性が知られていないわけではありません。政府資料には被害想定も、基準値も、目標値もあります。それでも12%、19.7%、27%という数字が残っています。

理由の一つは、防災投資の成果が「何も起こらなかった」という形で現れやすいことです。非常用電源を導入したが停電しなかった。代替拠点を準備したが使わなかった。通信を二重化したが障害がなかった。会計上は支出が見えますが、回避された停止・避難・搬送・復旧は見えにくくなります。

見えやすいもの 見えにくいもの
非常用電源の購入費避難・搬送を発生させなかった価値
二重回線・代替拠点の維持費通信断・業務停止を発生させなかった価値
在庫分散の管理費欠品・顧客離脱・緊急輸送を発生させなかった価値
BCP訓練の費用初動遅延・判断不能・復旧長期化を発生させなかった価値

2026年基本計画も、企業の事業継続の取組を評価する手法・制度を促進し、進んだ取組を行う企業がその結果によるメリットを得られるようにすることで、実効性ある事業継続を促進するとしています。

BCPを単なる防災費用ではなく、停止しない能力、支援を必要としない能力、他の社会資源を消費しない能力として評価する。その先にVOIがあります。

「何も起こらないことに、価値がある。」を読む

Final Answer

14. その仕組みは、今日すでに使えるのか?

首都直下地震対策に、完成を待ってから始められる日はありません。

2030年度に完成する設備を、2026年の地震は使えません。2035年度に達成する備蓄率を、今日の避難者は利用できません。

だから確認する順序は明確です。

  1. 今日使える能力を確認する。
  2. 何が0になると全体が止まるかを特定する。
  3. そのボトルネックから先に実装する。
  4. 発災後に集中する人・物・情報・業務を、動ける平時に分散しておく。
  5. 停止・避難・搬送・復旧を発生させなかった価値を評価する。

「皆が動けば、皆が動けなくなる」。
ならば、動けなくなってから動くのではなく、動ける間に動いておく。

その結果、発災しても移動しなくて済む。避難しなくて済む。支援を求めなくて済む。業務を止めなくて済む。

何も起こらないことに、価値がある。

Related Knowledge

FAQ

Q. 本稿の「実装率」は政府の公式指標ですか?

いいえ。基本計画に記載された基準値・目標値と、発災時に必要な条件を対応付け、「今日その機能が使えるか」を確認するための分析上の概念です。

Q. 基本計画全体の実装率を一つの%で出せますか?

単純平均には意味がありません。電力、通信、人員、給排水、物流などの必須条件の一つが0になれば、対象機能が停止するためです。本稿では平均値ではなくボトルネックを見ます。

Q. 福祉避難所が約1,600か所あれば、要配慮者を受け入れられますか?

指定数と稼働可能数は同じではありません。電力、空調、水、排泄、職員、通信、搬送等が成立して初めて受入能力になります。令和8年熊本地震では、停電・冷房等を理由に指定避難所等が開設できない事例が発生しました。

Q. 「動ける間に動く」とは、首都圏から移住することですか?

移住だけを意味しません。人、決裁権限、データ、受発注、在庫、電源、通信、受入先を一地点へ集中させず、首都圏が使えない時間にも別地域から最低限の機能を起動できる状態を作ることです。

本記事で参照した主な資料

政策・被害想定・数値は、原則として内閣府、東京都、気象庁等の一次資料を使用しています。令和8年熊本地震の避難所・冷房に関する23か所の記述はNHK報道を補助資料として使用し、実災害の構造は当社記事207の時系列記録へ接続しています。

数値は資料ごとに基準年・対象範囲が異なります。本記事では出典資料の対象を維持し、異なる母集団の数値を直接の分母・分子として計算していません。

Save / RFP

このページを保存する

後で確認・共有・AIで整理しやすいよう保存できます。具体的な調達条件がある場合は、RFPについてご相談いただけます。

PDF:共有・保管・AI投入向け / Markdown:AI・ノートへの再利用向け / RFP:具体的な調達条件のご相談