バッテリー安全・規格

UN38.3は“安全の証明”ではない──リチウムイオン電池の輸送・品質・認証の誤解

慧通信技術工業株式会社

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はじめに──“UN38.3認証”という誤解

多くの製品ページで「UN38.3取得」「国際基準合格」といった表現が見られます。しかし UN38.3は認証制度ではなく、あくまで“輸送時の安全”を確認するための試験です。 合格は輸送書類(テストサマリー等)に必要ですが、 製品の品質・耐久・長期の安全性を保証するものではありません。

UN38.3とは何か(勧告・試験・位置づけ)

UN38.3は、国連経済社会理事会の専門家委員会(CETDGGHS)がまとめる 「危険物輸送に関する勧告(オレンジブック)」に基づく リチウム電池の輸送安全試験です。勧告自体は法的拘束力を持ちませんが、 各輸送モード(航空・船舶・鉄道・陸運)の規則へ広く取り込まれています。 実務上は、輸送可否の判断・通関・受託の条件として試験合格とテストサマリーの提示が求められます。


危険物輸送に関する勧告(オレンジブック)第5版 表紙
出典:国連「危険物輸送に関する勧告 試験方法及び判定基準のマニュアル(第5版)」

試験項目T1〜T8の概要と目的

項目 概要(輸送時に想定するストレス)
T1 低圧航空輸送等の低圧状態での安全性(一定時間保持)
T2 温度極端な温度変化下での密閉性・内部接続の健全性
T3 振動可変振動を3軸で付与し、輸送中の揺動に耐えるか
T4 衝撃パルス衝撃(G)を3軸・正負方向に与えた時の挙動
T5 外部短絡外部短絡時に170℃超や破裂・発火が生じないこと
T6 衝突重量物衝突を想定(判定はT5と類似の観点)
T7 過充電組電池の過充電耐性(試験後7日以内に異常なし)
T8 強制放電単電池の過放電・転極想定(試験後7日以内に異常なし)

※T1〜T5は同一電池、T7は組電池、T8は単電池で実施。目的はあくまで「輸送時の安全維持」です。

なぜ“安全証明”と誤解されるのか

  • マーケティング上、「国際基準合格=安全」と短絡的に表現されやすい。
  • テストサマリーの提示が輸送上の必須書類であるため、権威付けに転用される。
  • ユーザー側でPSE/IEC/UL等の製品安全規格と、輸送試験の区別がつきにくい。

市場の現実:品質ばらつき・事故・廃棄の盲点

  • セル品質のばらつき、安全装置の簡略化により、充放電時の事故リスクが増大。
  • 低温・高温・高負荷サイクルでの寿命短縮(設計・BMS品質の影響が大きい)。
  • 故障電池の回収・廃棄は産廃扱い・通常配送不可が多く、体制不備だと運用停止リスク。
実務メモ: 調達時には「修理・回収・廃棄まで含む国内体制」「SDS公開」「テストサマリーの真正性」「ロット追跡性」を必ず確認。

選定時に確認すべき規格・体制(実務チェックリスト)

カテゴリ 確認ポイント
品質マネジメント ISO9001/14001/45001 等の取得状況、出荷検査・不良率、ロットTrace
製品安全規格 PSE、IEC62133、UL1642/UL2054 等の適合、整合規格の試験範囲
輸送書類 UN38.3 テストサマリーの整合性(型式・容量・セルメーカー)
運用安全 BMS機能(過充電/過放電/短絡/温度監視)、残量表示の精度、低温/高温時の制限制御
保守・回収 国内での修理・回収・廃棄ルート、SDS公開、リコール時の即応体制

まとめ──輸送試験と安全設計を混同しない

UN38.3は輸送安全のための試験であり、製品の長期安全・品質・耐久の保証ではありません。 調達・運用・廃棄までを含む実務要件に照らし、安全規格の適合・品質体制・国内サポートを 総合評価することが重要です。