1.「収益性評価」の数字は、どこまで現実を映しているのか
「定置用蓄電池は今後の電力システムに不可欠である」。この前提のもと、経済産業省の 定置用蓄電システム普及拡大検討会では、業務・産業用蓄電システムの収益性評価が進められてきました。 しかし、予算編成期を迎えたいま、市場では静かに変調が起きています。
- 系統・定置用蓄電池で事業収益化の目処が立たず撤退・解散に至る事例が現れ始めている
- 検討会資料そのものが、現状の建設費水準では20年稼働を前提としてもIRRが赤字になり得ることを示している
- それでも議論は「更なる普及」や「制度的後押し」を前提に進んでいるように見える
ここで問われるべきは、定置用蓄電池の価値そのものではありません。 問題は、収益性評価を支えている「数字」が、どこまで現実を反映しているのかです。 本稿では、まずその前提の置き方を点検し、続いて「もし本当に市場自立を目指すなら、どこまで踏み込んだ評価が必要だったか」を整理します。
2.「収益性評価」を支える4つの前提はどこが危ういのか
検討会資料および三菱総研(MRI)の 「業務・産業用蓄電システムの収益性評価の算定諸元」では、 建設費(CAPEX)を 10.6万円/kWh としたうえで、20年稼働を前提としても IRR が赤字となり得る試算が示されています。:contentReference[oaicite:1]{index=1}
本稿は、この“結論”そのものではなく、そこに至る「前提の置き方」を問題にします。 収益性評価において最も重要なのは計算式ではなく、入力される前提条件が現場実態や投資判断の感覚と整合しているかだからです。
(1) CAPEX「10.6万円/kWh」という平均値幻想
MRIは、工事費を含む平均システム価格として 10.6万円/kWh をCAPEXに設定しています。 しかし業務・産業用蓄電池の実案件では、次のような要因でCAPEXは容易に上振れします。
- 系統連系要件・受変電設備改修
- 消防法・自治体条例への個別対応
- EPC能力差や工期遅延・追加工事
- 保証条件・保険料・調整運用の複雑さ
「平均値」を一点で固定することは、日本の現場で最も支配的なリスクである CAPEX分布の“裾野”を意図的に削るに等しく、投資判断モデルとしては極めて危うい設計です。 しかも、この甘めの平均CAPEXですらIRRはマイナスと試算されている点は、より重い警告と見るべきでしょう。
(2) 「20年稼働・365日・1回/日」という“きれいすぎる”前提
算定諸元では、稼働年数20年・年間稼働日数365日・充放電回数1回/日が前提とされています。 しかし実務上は、 定期保守・PCSやEMS更新・系統側指令待機・出力制御・制度変更による稼働制限 を無視してフル稼働を仮定することは、設備屋・金融機関・保険会社いずれの感覚からも乖離しています。
容量劣化を年1%で単純補間する手法も、技術資料としては成立しても、事業評価としては不十分です。 事業の継続を左右するのは、 性能保証の失効・規制や市場要件の変更・更新投資のタイミングであり、 「20年間使える」ことと「20年間収益を生み続ける」ことは全く別問題です。
(3) 収益側が「制度をいじれば黒字になる」設計になっている
収益試算では、需給調整市場の応札単価・落札率・需要家や小売・系統側の取り分が 恣意的に固定されています。
これは市場分析というより、 「どの制度パラメータを動かせばIRRが改善するか」を見る感度分析に近い設計です。 その結果、収益性評価は「事業の健全性」を示すものではなく、 「政策調整の余地」を示す資料となってしまっています。
(4) 赤字試算は「失敗」ではなく、構造問題を示す危険信号
MRIの試算が本当に示している事実は、 「現状のCAPEX水準では、業務・産業用蓄電池は自立的に成立しない」という点です。 これは「もっと補助金を」という議論ではありません。 むしろ、
- なぜCAPEXが下がらないのか
- なぜ稼働率が安定しないのか
- なぜ制度依存にならざるを得ないのか
といった構造問題を直視すべきシグナルです。 にもかかわらず、この資料が「今後の補助金事業や制度等の政策検討の参考」とだけ位置づけられるなら、 “結論ありきで数字を作る”危険な循環に陥りかねません。
3.批判で終わらせないために――数字を「現実を測る道具」に変える
ここまで見てきたように、現行の収益性評価は、前提の置き方ひとつで結果が大きく変わる構造になっており、 その前提が現場実態や投資家の感覚と乖離している部分も少なくありませんでした。
重要なのは、こうした指摘が「評価手法そのものを否定する」ことを目的としていない点です。 むしろ、これからも定置用蓄電システムの政策的検討を続けるのであれば、 どのような前提を置けば評価が現実に近づき、政策判断に資する情報となり得るのかを整理する必要があります。
そこで本章では、批判を踏まえたうえで、 「もし本当に市場自立を目指すなら、最低限ここまではやるべきだった」 という観点から、5つの改善ポイントを提示します。
4.本来求められた5つの評価・設計の視点
(1) CAPEXは「平均値」ではなく「分布」で示す
最大の論点はCAPEXです。10.6万円/kWhという一点固定ではなく、本来示すべきだったのは次のような CAPEX分布でした。
- 中央値(P50)
- 上振れケース(P75 / P90)
- 想定外コストを含むストレスケース
立地条件・系統連系要件・消防対応・EPCの成熟度によるばらつきが大きい市場では、 「平均値で成立する案件」は現実にはほとんど存在しません。 政策評価に必要なのは「平均的にどうか」ではなく、「どの条件を満たせば成立し、どこから破綻するか」 を可視化することです。
(2) 稼働率は「最大値」ではなく「実運用シナリオ」で置く
20年・365日・1回/日という仮定は、モデルをきれいにするための数字であって、事業を説明する数字ではありません。 本来は、次のような複数シナリオを示すべきでした。
- 平均稼働日数(例:300日)
- 制度・系統制約による待機日数
- メンテナンス・改修による停止日数
- 更新投資が必要になる年次
特に重要なのは、「制度が変わった場合、どの年で事業が成立しなくなるか」という 破綻年の可視化です。これを示さずに20年稼働を前提とすることは、投資家からすれば 「議論を避けている」と受け取られても仕方がありません。
(3) 劣化モデルではなく「更新・保証モデル」を組み込む
容量劣化を年1%で線形補間するだけでは、現実の事業リスクを表現できません。 実際に事業を止めるのは、 性能保証の終了・PCSやEMSの陳腐化・規制や市場要件の変更だからです。
従って、何年目で主要機器更新が必要か、そのCAPEXはいくらか、更新しない場合に収益がどう変化するかを明示した 「更新投資込みIRR」を出すべきでした。これは厳しい評価ではなく、 最低限誠実な評価です。
(4) 収益は「制度想定」ではなく「制度変動耐性」で評価する
需給調整市場の単価や落札率を固定するのではなく、次のような感度分析こそ政策資料として重要です。
- 単価が下落した場合、何年で赤字転落するか
- 落札率が半減した場合、IRRがどこまで悪化するか
- 需要家・小売・系統の取り分が変わった場合の影響
これにより初めて、 「制度依存型ビジネスなのか」「自律的に生き残れるのか」が判別できます。 制度が続く前提でだけ黒字となるモデルは、政策資料としては楽でも、市場形成にはむしろ有害です。
(5) 「成立する条件」を正面から書く
最後に欠けていたのは、 「どんな条件が揃えば成立するのか」を明示することです。 例えば、
- CAPEX が ○万円/kWh 以下
- 稼働率が ○% 以上
- 年間出力制御日数が ○日以内
- 制度単価が ○円以上
といった成立条件表を示せば、無理な案件・補助金だけが目的の案件・実体のない参入を、 政策側自身がふるい落とすことができます。
業務・産業用蓄電池は、すべての需要家・すべての地域・すべての用途で成立する技術ではありません。 だからこそ政策の役割は、「数を増やすこと」ではなく、 「成立する条件を明確にし、成立しない案件を排除すること」にあるはずです。
5.結論――「普及」から「整合」へ。数字に仕事をさせる
定置用蓄電システムは、日本の電力システムにおいて重要な役割を担い得る技術です。 しかしその価値は、導入量の多寡ではなく、 制度・市場・現場実態との整合性の中で初めて発揮されます。
いま、予算編成期を迎え、政策の優先順位と財政規律の両立が求められています。 直近の撤退事例や、公式資料においてすら赤字となり得る試算結果は、 政策を否定する材料ではなく、修正の必要性を示すシグナルと捉えるべきものです。 拙速な普及は、後年における追加支援や制度疲労を招きかねません。
新政権の下で期待されているのは、理念先行ではなく、現実に根ざした政策判断です。 定置用蓄電システムについても、「導入ありき」から一歩退き、 どの条件が整えば自立的に成立するのか、どこに政策支援を集中すべきかを冷静に見極める局面に来ています。
数字は政策を説明するための道具であって、目的ではありません。 数字が現実を正確に映しているかを問い直すことこそが、政策の信頼性を高める近道であり、 結果として持続可能な脱炭素・エネルギー戦略につながります。本稿が、そのための再検討の一助となれば幸いです。