なぜ混同が起きるのか:『電池』と『システム』は事故のスケールが違う

蓄電池事故の議論が難しいのは、同じ「蓄電池」という言葉で、セル(部品)設備(システム)が同時に語られてしまうためです。 セル単体の安全は、たしかに事故の起点を減らします。しかし、事故が社会問題化するのは、 一つのセルの異常が、モジュールやラックを巻き込み、さらに筐体内部のガス滞留や爆発へ遷移し、設備事故として拡大したときです。

したがって「どの規格が必要か」という問いは、実質的には 事故をどの層で止める設計なのかという問いに置き換わります。 本稿ではこの視点で、JIS C 8715-2 と JIS C 4441 の守備範囲を切り分けます。

参考(文字+URL):
公共調達・重要インフラ向け蓄電池システムの安全ガイドライン
https://www.nite.go.jp/gcet/nlab/infra-guideline.html

1. JIS C 8715-2:セル安全(発火確率を下げる規格)

JIS C 8715-2 は、産業用途のリチウム二次電池について、セル/モジュール/パックレベルでの安全要求と試験を規定します。 主な対象は「電池そのもの」であり、論点は典型的に、過充電、外部短絡、異常温度、内部短絡リスク評価など、 熱暴走の起点(Initiation)を抑えることに置かれます。

整理(技術者向けの言い換え)

  • 8715-2 は「セルが発火しにくい設計・品質になっているか」を担保する枠組み
  • 言い換えると、事故の発生確率を下げるための規格
  • 一方で、セルの発火可能性をゼロにすることは前提にしていない(ゼロを証明できない)

2. JIS C 4441:システム安全(類焼・爆発を防ぐ枠組み)

一方、JIS C 4441 が扱うのは、ラック、コンテナ(筐体)、建屋、換気設備、消防対応、災害条件下での運用まで含めた、 蓄電池システム全体の安全です。 事故が社会問題化するのは、1セルの熱暴走そのものよりも、それが拡大して設備事故になるときです。

4441 の主眼は、まさに次の領域にあります。

(1) 熱暴走伝播(Propagation)を止める

セルの異常が起きたとしても、モジュール内/ラック内/ラック間へ広がらない構造、または拡大前に遮断・隔離する設計。

(2) ガス噴出・滞留から爆発へ遷移させない

熱暴走時に発生するガスを筐体に溜めない(換気・排圧・区画)。ここが欠けると「爆発→火災→負傷」の事故形態へ移行します。

(3) 災害条件(浸水・停電等)で破局させない

洪水等で水没した際の発煙・発火など、平時では見えにくい事故モードを設計・試験・運用で扱う。

※4441 の「出自」が防災・通信等の蓄電設備文化に近い、という感覚は、ここ(設備安全・災害条件)に現れやすいポイントです。

3. NITE事故例は『どの規格の守備範囲』か

NITE は公共調達・重要インフラ向けガイドラインの背景として、国内外の事故例を挙げています。 技術者にとって重要なのは、事故を「ニュース」ではなく、事故モードと守備範囲として読み替えることです。 以下では、NITE が示す代表例を、8715-2 と 4441 の観点で対応付けます(出典は NITE 公表資料の補足資料)。

事故例① 横浜市立小学校(25kWh級)発火

2023年12月、小学校に設置された太陽光併設蓄電池(約25kWh)から発火したとされます。 導入時仕様書に安全特別配慮の記載がなく、延焼はなかった旨が示されています(補足資料 p.5)。

  • 発火の起点(セル内部異常の可能性)→ 8715-2 の領域
  • 延焼しなかった → 設置・区画等の条件(4441 的な領域)が効いた可能性

ポイント:この事故は「セル安全+設備条件」の境界にある。

事故例② 鹿児島県伊佐市(7,000kWh級)爆発・火災

2024年3月、発電所併設の蓄電池設備(7,000kWh級)で爆発・火災が発生し、消防隊員4名が負傷したとされます。 補足資料では、ガス噴出が筐体内部に滞留し、火だねで爆発、その後火災へ移行した可能性が示唆されています(補足資料 p.5)。

  • これは典型的に 8715-2 では守れない領域(セル発火をゼロにできない以上、起点だけでは止められない)
  • 本丸は 4441 の中心領域(ガス管理・換気/排圧、区画、伝播防止、消防安全)

ポイント:大規模事故は「発火を起こさない」よりも、「発火後に破局させない」設計が支配的になる。

事故例③ 韓国 政府データセンターUPS火災

UPS用リチウムイオンバッテリーの移設作業中に火災が発生し、サーバ740台焼失・行政サービス停止に波及した例が挙げられています(補足資料 p.6)。

  • セル安全(8715-2)だけでは、社会機能停止という被害形態を防げない
  • 冗長性・設備安全・運用設計という意味で、4441 的な領域(システム安全)が不可欠

事故例④ 水没で発煙(試買品テスト)

NITE の独自調査として、水没させただけで発煙する蓄電池システムが市場に存在した旨が示されています(補足資料 p.8)。

  • これは完全に 4441 の領域(設備安全・災害条件対応)
  • セル試験(8715-2)では評価できない事故モードである

参考(文字+URL):
公共調達・重要インフラ向け蓄電池システムの安全ガイドライン
https://www.nite.go.jp/gcet/nlab/infra-guideline.html

4. まとめ:8715-2 と 4441 の違い(概略)

観点 JIS C 8715-2 JIS C 4441
対象 セル・モジュール・パック 蓄電池システム全体(設備)
主眼 発火確率低減(Initiation) 類焼・爆発防止(Propagation / Explosion)
防げる事故 過充電・短絡起点の発火リスク低減 ガス爆発・延焼・設備事故(災害条件含む)
位置づけ 部品要件(電池の安全) システム要件(設備の安全)

結論:両方必要なのは当然として、『ではどうするのか』

蓄電池事故の議論はしばしば「セル規格を満たしているか」「システム規格を満たしているか」という二者択一になりがちです。 しかし実務的には、両者は役割が異なり、事故モードごとに“どこで止めるか”を仕様として分解する必要があります。

多層防護としての整理(事故の3段階)

  1. 第1層:熱暴走を起こさない(Initiation)
    過充電・外部短絡・内部短絡リスクを抑える → JIS C 8715-2
  2. 第2層:起きても拡大させない(Propagation)
    モジュール内/ラック間/筐体内で伝播させない → JIS C 4441
  3. 第3層:設備事故として破局させない(Explosion / Disaster)
    ガス滞留→爆発への遷移、浸水等の災害条件で破局させない → JIS C 4441

ここまで分解できれば、次のように整理できます。

技術者(納入者)側:提出すべき“証跡”が決まる

  • セル/モジュールの安全試験成績(8715-2 相当の主張根拠)
  • 伝播・ガス・区画・災害条件を含むシステム安全設計の説明(4441 的な説明責任)
  • 規格を外れる設計があるなら、同等以上の安全立証(試験・解析・第三者説明)

発注者側:仕様書が“容量指定”で止まらなくなる

  • 容量(kWh)ではなく、事故モード別の安全要求を仕様に落とす
  • 提出資料と一致確認(型式・ロット・試験成績)を検収条件にする
  • 結果として安全要求の高度化=コスト増を予算として織り込む

では準拠は必須か?準拠しない罰則は?

問1:準拠は“必須条件”なのか?

一般に JIS 規格は法令そのものではなく、技術的な「標準的な安全の到達点」です。 したがって、準拠していなければ直ちに違法、という性質ではありません。

問2:準拠していなくても安全が担保できれば良いのか?

理屈の上では可能です。しかし実務では、規格に従わない場合、 同等以上の安全を自社で立証し、第三者に説明できる形に落とす必要があります。 これは設計の自由度と引き換えに、試験・解析・第三者説明のコスト(証明コスト)を負うことを意味します。

規格準拠は「安全の唯一解」ではありません。 しかし、納入者・発注者・運用者・消防など複数主体が関与する設備では、 規格は 安全を説明する共通言語として機能し、説明責任コストを下げます。

追補:安全要求は必ずコストを伴う(そして、予算前提を変える)

多層防護として 8715-2 と 4441 を積み上げることは合理的ですが、 その帰結として コストアップは避けられません。 これは「メーカーが勝手に盛るコスト」ではなく、事故リスク(破局事故)を前払いする形で顕在化する安全コストです。

8715-2 が主に押し上げるコスト

  • セル・モジュール試験(設計検証、ロット管理)
  • 製造品質管理(不良・ばらつき低減、トレーサビリティ)

4441 が主に押し上げるコスト

  • 伝播防止構造(隔壁・離隔・材料)
  • 換気・排圧・区画(ガス滞留→爆発への遷移防止)
  • 災害条件(浸水等)を想定した設計・試験・運用制約

したがって、発注者側にも「なぜコストが上がるのか」「何を削れば事故リスクが上がるのか」を理解してもらう必要があります。 技術者(納入者)だけが安全を担保しようとしても、仕様・予算が追随しなければ、多層防護は成立しません。 両者の理解があってこそ初めて安全が実現する、というのが本稿の結論です。

おわりに:安全と経済合理性は分離できない

蓄電池安全に万能解はありません。 JIS C 8715-2 は発火確率を下げ、JIS C 4441 は発火後の破局(類焼・爆発・災害条件)を止める。 この役割分担を理解し、事故モードごとにどこで止めるかを仕様・設計・運用に落とし込むことが重要です。

ただし、その帰結として、安全要求の高度化は必然的にコストアップを伴い、事業計画・調達予算の前提を変えます。 この前提が評価から抜け落ちれば、収益性評価や投資判断は現実から乖離します。 その問題意識は、以下の既存記事でも別角度から論じています。

参照(文字+URL)

  • 公共調達・重要インフラ向け蓄電池システムの安全ガイドライン
    https://www.nite.go.jp/gcet/nlab/infra-guideline.html

※本稿の事故例の数値(25kWh級、7,000kWh級、負傷者数等)は、上記 NITE 公表資料に付随する補足資料の記載に基づきます。