シリーズ:Wi-Fi HaLow(802.11ah)の落とし穴

Part1:電波で沼落ち編

本稿は“電波・設計・施工”の落とし穴を整理します。次のPart2では、 「止めるのは電波ではなく電源」という現場の本命(PoE・瞬停・死活監視)を扱います。

1. 落とし穴:『届く』という言葉が、設計を省略させる

Wi-Fi HaLow(IEEE 802.11ah)はSub-1GHz帯を利用するため、 2.4GHzや5GHzと比べて伝搬上有利になりやすい条件があります。 しかしそれは「必ず届く」という意味ではありません。

「1km届く」という表現は、 見通し・アンテナ条件・ノイズ環境などが整った場合の話です。 倉庫や工場のような金属環境では、 反射・遮蔽・ノイズ床上昇によって実効品質は大きく変化します。

“届く”より先に決めるべき指標

  • 必要スループット(実効)と許容遅延
  • 再接続時間(切断→復帰が業務に与える影響)
  • 端末密度(同時接続・同時送信の現実)
  • 雑音(ノイズフロア)と干渉源の位置

RSSIが見えていることと、 業務に耐える実効品質(再送率・遅延・安定度) を満たしていることは別問題です。

HaLowは「飛ぶ」方式ではなく、 SNRをどう設計するかが本質です。

結論

仕様定格を満たすには“測る”が必要です。 電界サーベイ(サイトサーベイ)なしで成功するのは偶然です。 “規格の強さ”ではなく、“現場の条件”が結果を決めます。

2. 落とし穴:Sub-1GHzでも干渉は起きる(混在帯域の現実)

免許不要帯域は、複数の方式が“共存”します。Sub-1GHz帯も例外ではありません。 同じ周波数帯に多様な機器が存在すれば、干渉・混信・雑音上昇は普通に起きます。

現場での“干渉源”の例

  • 他の920MHz系システム(構内・近隣含む)
  • 機器からの不要電波(意図しない放射)
  • ノイズ源の稼働時間がバラバラ(昼だけ・夜だけ)

ポイント:昼に良くても夜に崩れる(または逆)が起きる。稼働条件込みで測る。

注意:日本国内では920MHz帯の制度条件が設計前提になる

Wi-Fi HaLow(IEEE 802.11ah)は規格上は長距離通信が可能ですが、 日本国内で920MHz帯を使用する場合は、 小電力無線設備の制度条件を満たす必要があります。

特に重要なのが送信時間の制約(Duty比制限)です。 使用方式や機器区分により、 一定時間あたりの送信割合や連続送信時間に制限が課される場合があります。

そのため、常時連続通信を前提とした用途 (例:常時映像ストリーミング)には適しません。 間欠送信やイベント駆動設計が前提となります。

制度参考資料

日本 920MHz帯小電力無線システムの高度化に係る制度整備のお知らせ
~ 2020年10月30日から適用開始 ~
https://www.jqa.jp/service_list/safety/topics/topics_safety_318.html

※具体的な制約条件は機器区分・方式により異なります。 導入前に必ず採用機器の適合条件を確認してください。

3. 落とし穴:ノイズ干渉は“電波の話”ではなく“設備の話”で起きる

現場の電波品質を崩すのは、無線機器だけではありません。 工場・倉庫・屋外には、電源変換・インバータ・スイッチング動作を伴う設備が多く存在します。 その結果、意図しない不要電波・雑音が環境に乗ることがあります。

“電子レンジ”が象徴するもの

無線の干渉源として有名な電子レンジは、“身近なノイズ源”の象徴です。 同じように、現場には無線と無関係に見える設備が多数あり、 それらが雑音環境を作ることがあります。

太陽光パワコン(PCS)由来の不要電波も疑う

太陽光発電システム等の設備が原因となる無線通信妨害について、総務省が注意喚起を行っています。 「無線の問題」として片付けず、設備由来の妨害もサーベイの評価項目に入れるのが安全です。

総務省:太陽光発電システムによる無線通信妨害(注意喚起)
https://www.tele.soumu.go.jp/j/ele/pvsystem/index.htm

※“疑う”ための根拠として押さえる。結論は測定(サーベイ・ログ)で出します。

4. 落とし穴:アンテナとワイヤリングを“部品扱い”する

802.11ahでよくある失敗が、「無線方式の選択」だけで終わってしまうことです。 実際には、アンテナの取り回し・離隔・固定、ワイヤリングの品質こそが 実効性能と安定性を左右します。

実務Tips:施工を“標準化”する

  • アンテナの姿勢・離隔・固定方法を作業標準にする
  • “見た目が同じでも挙動が違う”を無くす(写真・チェックリスト)
  • サーベイ結果(雑音・干渉)と施工結果(実効性能)を紐づけて残す

施工が標準化されると、障害対応も“議論”ではなく“切り分け”になります。

5. 導入前チェックリスト:仕様定格を満たすための最短手順

  1. 要件を数値化(必要スループット/遅延/再接続時間/端末密度)
  2. サーベイ(電界・雑音・干渉源・稼働条件)
  3. 施工標準化(アンテナ・固定・配線・接地のルール化)
  4. 実効テスト(ピーク時間・移動・再接続を含めて検証)
  5. ログ設計(障害時の再現・切り分けができる監視設計)

ここまで揃うと、「方式が良い/悪い」ではなく、 現場要件に対して満たせるかで判断できるようになります。

まとめ:802.11ahは“届く”ではなく“成立させる”

802.11ah(Wi-Fi HaLow)は強力な選択肢ですが、設計と施工を省略すると期待通りに動きません。 成否は、サーベイ・ワイヤリング・アンテナ施工の標準化で決まります。

そして次の落とし穴が、現場ではもっと致命的です。
止めるのは電波ではなく電源——PoE設計・瞬停・死活監視の話を、Part2で整理します。

参照(文字+URL)

  • Wi-Fi HaLow(Wi-Fi Alliance 公式解説)
    https://www.wi-fi.org/discover-wi-fi/wi-fi-halow
  • 総務省:太陽光発電システムによる無線通信妨害(注意喚起)
    https://www.tele.soumu.go.jp/j/ele/pvsystem/index.htm

付録:電波で沼落ちしないための「合意事項」テンプレ

倉庫の無線は「つながる」だけでは不十分で、運用は「止まらない」がゴールです。 RFP文化が無い現場でも、まずは合意事項メモとしてこれだけ書いておくと事故率が下がります。 (コピーしてお使いください)

※「〇秒」「____」は現場条件に合わせて埋めてください(ここが曖昧だと、ほぼ確実に揉めます)。

「RFP(提案依頼書)」

こうした要求事項(目的・完成条件・責任範囲)を文書化したものを、 一般に RFP(Request For Proposal:提案依頼書) と呼びます。 大企業では正式な文書になりますが、現場ではこの1枚があるだけで“設計責任の空白”を埋められます。

あわせて読む

※このシリーズは「電波(設計・施工・サーベイ)」と「電気(PoE・監視・瞬停対策)」を分けて理解すると、最短で改善できます。