はじめに:三陸沖の地震で、なぜ首都圏や都市部の電気を考える必要があるのか

三陸沖で大きな地震が起きたとき、多くの人がまず思い浮かべるのは、揺れ、津波、建物被害です。 それらは当然重要です。 しかし、現代社会ではもう一つ、見落としてはいけない問題があります。

それは、電気が止まることです。

電気は、照明や家電だけの問題ではありません。 水道ポンプ、通信基地局、ルーター、医療機器、介護機器、エレベーター、信号機、鉄道、ガソリンスタンド、ATM、キャッシュレス決済、物流倉庫、冷蔵・冷凍設備、入退室管理、監視カメラなど、社会のほぼすべてが電気を前提に動いています。

したがって、三陸沖や日本海溝沿いで大きな地震が発生した場合に考えるべきことは、「自分の地域が直接強く揺れるかどうか」だけではありません。 発電所や送電網が影響を受ければ、震源から離れた地域でも、電力需給の急変や強制停電の影響を受ける可能性があります。

1. 公的資料が示していること

今回の記事では、次の3つの公的資料・公的発表を基礎にしています。 いずれも、地震そのものだけでなく、電力設備、停電、復旧、情報発信を考えるうえで重要な資料です。

2. 今回の三陸沖地震で何が示されたのか

地震調査委員会の資料によれば、2026年4月20日16時52分、三陸沖の深さ約20kmでマグニチュード7.7の地震が発生しました。 青森県では最大震度5強を観測し、北海道から東北地方の太平洋沿岸を中心に津波も観測されています。

また、気象庁は同日、北海道・三陸沖後発地震注意情報を発表しました。 これは、北海道の根室沖から東北地方の三陸沖にかけての巨大地震の想定震源域で、大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっていると考えられたためです。

ここで注意すべき点は、「必ず次の大地震が来る」と断定しているわけではないことです。 一方で、政府の専門機関が、平常時よりも相対的にリスクが高まっているとして注意を促している以上、家庭・施設・事業所は具体的な備えを確認すべき段階にあります。

その備えの中で、最も見落とされやすいのが電気です。

3. 電力システムは、全体を守るために一部を止めることがある

地震で複数の発電所が停止すると、電力の供給量が急に減ります。 一方、家庭、工場、ビル、鉄道、通信設備はその瞬間も電気を使い続けています。 この供給と需要のバランスが大きく崩れると、電力の周波数が低下します。

周波数が下がり続けると、正常に動いている発電機まで連鎖的に停止し、広域ブラックアウトに至るおそれがあります。 そこで電力システムには、周波数低下リレーと呼ばれる保護機能があります。

周波数低下リレーとは

地震などで発電機の出力が大きく低下し、周波数が下がったときに、一定量の送電を自動的に止める装置です。 一部の地域を停電させることで、電力システム全体の崩壊を防ぎます。

これは「停電を起こした失敗」ではなく、「全域停止を避けるための防衛動作」です。 ただし、停電させられた地域では、信号、通信、水道ポンプ、エレベーター、店舗、医療・介護機器が止まるため、生活上の影響は極めて大きくなります。

4. 2022年3月の福島県沖地震では、首都圏を含む約210万軒が停電した

2022年3月16日23時34分に宮城・福島で発生した地震では、発電設備の停止により周波数低下リレーが自動動作し、東京電力パワーグリッド管内で大規模な停電が発生しました。

東京電力ホールディングスの発表では、3月16日23時59分時点で最大約210万軒が停電しました。 内訳は、東京都約70万軒、神奈川県約31万軒、埼玉県約30万軒、千葉県約22万軒、茨城県約22万軒など、首都圏を含む広い範囲に及んでいます。

地域 最大停電軒数
東京都約70万軒
神奈川県約31万軒
埼玉県約30万軒
千葉県約22万軒
茨城県約22万軒
全域約210万軒

この事例は、震源地から離れていても電力系統の影響を受けることを示しています。 三陸沖や東北沿岸部で大きな地震が起きた場合も、発電所や送電網への影響を通じて、広域の停電や需給ひっ迫が問題になる可能性があります。

5. 「停電」は、照明が消えるだけではない

停電という言葉は軽く聞こえます。 しかし、現代社会では、電気が止まると多くのライフラインが同時に弱ります。

止まるもの 電気との関係 起こること
水道 浄水場、配水場、マンション給水ポンプ 低層階以外でも断水、高層階では早期に水が出なくなる
通信 基地局、局舎、ONU、ルーター、Wi-Fi、PoEスイッチ スマートフォンが充電されていても圏外・通信断になる
医療・介護 人工呼吸器、在宅酸素、吸引器、ナースコール、見守り機器 バッテリー切れが命に直結する
物流・燃料 倉庫設備、冷蔵・冷凍、ガソリンスタンド給油ポンプ 配送遅延、食品廃棄、給油困難が発生する
決済 レジ、通信回線、ATM、カード端末、QR決済端末 現金がないと買い物できない状況になる
交通 信号機、鉄道変電所、運行管理、駅設備 帰宅困難、道路混乱、救急搬送遅延が起こる

電気は、一つのライフラインではありません。 他のライフラインを動かすための前提条件です。

6. 発生直後から24時間で起こり得ること

発生直後から1時間

激しい揺れの直後、電力系統を守るための強制停電が起きる可能性があります。 停電した地域では、信号機が消え、交差点が混乱します。 エレベーターは停止し、ビルやマンションで閉じ込めが同時多発します。 鉄道は安全確認や電力供給の問題で停止します。

3時間後から当夜

通信基地局の非常用電源が尽き始めると、スマートフォンは充電されていても通信できなくなります。 家族への連絡、地図アプリ、交通情報、避難情報、キャッシュレス決済が使えなくなります。

高層マンションでは給水ポンプの停止により断水が始まります。 エレベーターが動かないため、水や食料の運搬は階段になります。 鉄道が止まれば、帰宅困難者が街にあふれます。

翌朝から12時間後

店舗が開いていても、レジや通信回線が使えなければ、クレジットカードやスマートフォン決済は使えません。 現金、特に小銭と千円札の有無が買い物の可否を左右します。

在宅医療・介護では、機器の内蔵バッテリーが限界に近づきます。 道路が混乱し、119番も混雑していれば、すぐに搬送できるとは限りません。

24時間後

停電地域の復旧が進む一方で、発電所や送電設備に物理的な損傷があれば、復旧は長期化します。 停電していない地域にも、電力需給を守るための節電要請が出る可能性があります。

7. 電気設備の復旧は、スイッチを入れ直すだけではない

経済産業省の資料では、火力発電設備の復旧期間の目安として、震度7では1か月程度以上、震度6では1か月程度以内、震度5強以下では1週間程度以内または運転継続と整理されています。

これは、電気設備が壊れた場合、単にブレーカーを戻せば終わるわけではないことを示しています。 発電所、変電所、送電線、配電設備には、点検、部品交換、応急復旧、系統再構成が必要です。

地震後に電気が戻らない理由は、家庭内の設備だけではありません。 地域全体の発電・送電・配電のどこかで供給力や安全確認に問題が残っていれば、電気はすぐには戻りません。

8. ブラックアウトになると、被害の桁が変わる

周波数低下リレーによる強制停電は、全体の崩壊を防ぐための制御です。 これがうまく働けば、一部地域の停電で済みます。

しかし、防衛ラインを超えて広域ブラックアウトが発生した場合、状況は大きく変わります。 発電所を再起動するにも電気が必要です。 送電網は、小さな電源から順番に立ち上げ、慎重に範囲を広げる必要があります。

この場合、信号、鉄道、通信、水道ポンプ、決済、病院、データセンター、行政機能が同時に影響を受けます。 非常用発電機を持つ施設でも、燃料備蓄には限界があります。 道路が混乱し、給油設備も停電していれば、燃料補給そのものが難しくなります。

非常用発電機は「永遠に動く設備」ではありません。 燃料、排気、保守、起動手順、接続先、優先負荷を事前に決めておかなければ、災害時に期待通り動かない可能性があります。

9. 家庭・マンションで今すぐ確認すべきこと

家庭の備えは、水・食料・家具固定だけでは足りません。 電気が止まったときに何ができなくなるかを、住まいの形に合わせて確認する必要があります。

通信

スマートフォン用のモバイルバッテリーを複数用意します。ただし基地局が止まると通信できないため、災害用伝言板、集合場所、紙のメモ、ラジオを併用します。

現金

ATM、カード、QR決済が使えない前提で、小銭と千円札を分散して保管します。

照明

懐中電灯だけでなく、両手が空くヘッドライトやランタンを用意します。乾電池式と充電式を混在させます。

マンションでは給水ポンプ停止を前提に、住戸内に水を分散備蓄します。エレベーター停止後に水を運ぶ前提は危険です。

10. 在宅医療・介護では、停電時間を数字で把握する

人工呼吸器、在宅酸素、吸引器、電動ベッド、見守り機器、通信機器を使っている家庭や施設では、停電は生活不便ではなく生命リスクです。

確認すべき項目

  1. 機器ごとの消費電力
  2. 内蔵バッテリーの持続時間
  3. 外部バッテリーやUPSに接続できるか
  4. 停電時の手動対応が可能か
  5. 搬送先、連絡先、自治体・医療機関への登録状況
  6. 夜間・休日に誰が対応するか

「非常用電源がある」では不十分です。 何ワットの機器を何時間動かす必要があるのかを、数字で確認する必要があります。

11. 事業所・施設では、守る負荷を3段階に分ける

事業所や施設では、すべての機器を非常用電源で動かそうとすると、容量が足りなくなります。 先に優先順位を決める必要があります。

優先度 守るもの
第一優先 人命・安全に関わる機器 医療・介護機器、非常照明、最低限の通信、ナースコール
第二優先 情報伝達・現場維持に必要な機器 ONU、ルーター、PoEスイッチ、Wi-Fi、監視カメラ、入退室管理
第三優先 復旧後の業務再開に必要な機器 PC、サーバー、レジ、業務端末、記録装置

特に通信機器は、消費電力が小さい一方で、止まると情報伝達全体が停止します。 ルーター、ONU、PoEスイッチ、無線アクセスポイント、監視装置は、早い段階でUPSや蓄電池の対象にすべき機器です。

12. UPS・蓄電池・発電機は役割が違う

非常用電源対策では、UPS、蓄電池、可搬型電源、非常用発電機を同じものとして扱わないことが重要です。

機器 主な役割 注意点
UPS 瞬低・瞬断を吸収し、機器を落とさない 長時間運転には容量設計が必要
蓄電池・可搬型電源 数時間単位で小〜中容量負荷を維持する 接続負荷、充電管理、保管場所を確認する
非常用発電機 長時間の電源確保に使う 燃料、排気、騒音、起動、接続、保守が必要

発電機だけでは瞬断を防げません。 UPSだけでは長時間の停電を支えきれません。 重要なのは、止めてはいけない機器に対して、UPS、蓄電池、発電機を役割分担させることです。

13. 今すぐ使える停電対策チェックリスト

家庭・マンション

  • スマートフォンを最低2回以上充電できる電源がある
  • 電池式または手回し式ラジオがある
  • 小銭と千円札を分散して保管している
  • マンションの停電時給水方式を確認している
  • 水を各住戸内に分散備蓄している
  • 家族との集合場所と連絡方法を決めている

施設・事業所

  • 停電時に止めてはいけない機器を一覧化している
  • 各機器の消費電力を把握している
  • UPSで何分、蓄電池で何時間維持できるか計算している
  • 通信機器、PoEスイッチ、ONU、ルーターを電源保護している
  • 非常用発電機の燃料、排気、接続手順を確認している
  • 停電時の手順書を紙でも保管している

まとめ:防災は「電気が止まる前提」で組み直す必要がある

三陸沖や日本海溝沿いで大きな地震が起きた場合、問題は揺れや津波だけではありません。 発電所停止、送電網損傷、周波数低下リレーによる強制停電、電力需給ひっ迫によって、離れた地域でも停電が起こる可能性があります。

電気が止まると、照明だけでなく、水、通信、医療、介護、物流、決済、交通が連鎖的に止まります。 したがって、家庭でも事業所でも、備えの出発点は次の問いです。

停電したとき、何を何時間守るのか。

この問いに答えられないまま、非常用電源だけを購入しても、必要な機器を必要な時間動かせるとは限りません。 逆に、守るべき機器と必要時間が明確であれば、UPS、蓄電池、可搬型電源、発電機を適切に組み合わせることができます。

地震は止められません。 しかし、停電による二次被害は、事前の設計で減らすことができます。

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防災用品を増やす前に、まず「止めてはいけない機器」と「必要な保持時間」を整理することが重要です。 → 停電対策・非常用電源について相談する