Don’t think! Feel.
― わかりやすさという名の破壊 ―
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この記事の要約
- 「Don’t think! Feel.」は「思考をやめろ」ではなく、説明や形式(指)に囚われるな、という警告です。
- 希望に満ちた言葉ほど「箱」になりやすく、箱を共有しただけで中身まで共有したと錯覚しがちです。
- 生成AI(LLM)は意味を理解していません。意味を補完してしまう人間の側の構造が、問題を拡大させます。
- 問われているのは技術よりも姿勢であり、「主語を自分に戻す」ことが出発点になります。
- オフグリッドは“我慢”ではなく、制約を自分の手の届く範囲に引き戻し、止まらない現実解を作る設計思想です。
1. "Don’t think! Feel.":誤読され続けた一言
"Don’t think! Feel."は、若い世代には聞き慣れない言葉かもしれません。 ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン(Enter the Dragon)』(1973年)冒頭で、弟子にカンフーを教える場面に登場する有名な一言です。
日本では長い間、この言葉が「考えるな。感じるままに動け」「理屈より感情を優先しろ」といった意味に受け取られてきました。 しかし、その理解は決定的にずれています。
この直後、ブルース・リーはこう続けます。
It is like a finger pointing away to the moon.
Don’t concentrate on the finger or you will miss all that heavenly glory.
(それは月を指さす指のようなものだ。指ばかり見ていては、その先にある天の栄光を見逃してしまう。)
ここで語られているのは「思考をやめろ」ではなく、説明や形式そのものに囚われるなという警告です。 指は月ではありません。言葉は実体ではありません。説明は目的ではなく、入口にすぎません。 これは仏教でいう指月指(しげつし)と同じ構造です。
2. 希望の言葉ほど空洞化する:「箱」としての言葉
自由、平和、平等、そして愛。 それらは希望に満ちた言葉に見えますが、同時に最も誤解されやすい言葉でもあります。 なぜなら、これらの記号そのものには、実体としての意味が最初から入っていないからです。
言葉は本質的に「箱」です。 中身が何であるかは、使う人間の経験、理解、文脈によって初めて決まります。 自由という箱に自己決定を入れる人もいれば、放縦を入れる人もいます。 平等という箱に機会の均等を入れる人もいれば、結果の同一性を入れる人もいます。
箱は同じでも、中身は一致しません。 にもかかわらず、人は箱そのものを共有した時点で、意味まで共有したと錯覚しがちです。 希望に満ちた言葉ほど、わかりやすく、扱いやすく、そして操作しやすい――この性質が、社会を何度も誤った方向へ導いてきました。
3. 生成AIが可視化したもの:箱の配置と人間の補完
「わかりやすさ」は人を安心させますが、同時に思考を代行します。 言葉が問いであることを忘れ、答えであるかのように扱われた瞬間、その言葉は中身を失っていきます。
急速に普及している生成AI、いわゆる大規模言語モデル(LLM)は、この構造を極限まで可視化した存在です。 LLMは意味を理解していません。理解しているのは人間です。 AIが行っているのは、無数の「箱」を統計的に組み合わせ、人間が意味を読み取ってしまう配置を提示しているにすぎません。
価値を生み出しているのはAIではなく、その配置に意味を補完してしまう人間側の認知構造です。 AIが語る自由も、平和も、愛も、それ自体は空の箱です。 そこに意味を注ぎ込むのは常に人間であり、その責任もまた人間にあります。 もし箱の配置が「わかりやすさ」だけを最適化する方向に進めば、意味は薄まり、誤読され、社会全体は静かに栄養失調へ向かいます。
4. 問われているのは姿勢:指か、月か
だからこそ、いま問われているのは技術ではありません。問われているのは、人間の姿勢です。 指を見るのか。それとも、月を見るのか。
「わかりやすさ」という名の破壊は、誰かが悪意を持って引き起こすものではありません。 私たち自身が、思考を手放した瞬間に、静かに始まります。 この構造を理解せずに、言葉やAIや制度だけを批判しても、同じことは何度でも繰り返されます。
必要なのは、答えではありません。 自分で見ること。自分で考えること。 それだけが、歴史が何度も示してきた出口です。
5. オフグリッドに立ち戻る:制約を自分の手に戻す
私たちは長い時間をかけて、「わかりやすさ」という名の指を磨き続けてきました。 制度を単純化し、言葉を短くし、判断を早くし、思考を外注する。 その結果、指は見事になりましたが、月は見えにくくなりました。
生成AIは、この構造を暴露したにすぎません。 AIが危険なのではありません。 意味を理解していると思い込む人間の側が、あまりにも「わかりやすさ」に依存してきただけです。
ここで、オフグリッドという思想に立ち戻ります。 オフグリッドは、単に電力会社とつながらないことではありません。 「便利な供給」からの離脱でも、「節約」でも、「我慢」でもありません。
オフグリッドとは、自分の手が届く範囲に、制約を引き戻す設計思想です。 無限に供給されると信じてきたものを、有限として扱う。 ブラックボックスに委ねてきた判断を、自分の管理下に戻す。 わかりやすく加工された結果ではなく、不便で複雑で、しかし確かに実在する現実と向き合う。 それは「答えを与えられる側」から「構造を理解し、選択する側」へ戻る行為です。
6. 結論:主語の位置が、未来の分岐点になる
仏陀がわかりやすい教義を残さなかった理由も、ブルース・リーが「指を見るな」と言った理由も、本質は同じところにあります。 思考を代行する仕組みは、必ず破壊を内包します。 だからこそ、人は自分で見て、自分で考え、自分で調整し、自分で均衡を取らなければなりません。
オフグリッドとは、エネルギーの話である前に、人間の態度の話です。 今の社会構造が見失っているのは、価値観でも、倫理でも、正解でもありません。 見失っているのは、主語の位置です。
わかりやすさの網から一歩外に出ること。 自分の制約を、自分のものとして引き受けること。 月を見るために、指から目を離すこと。 それができるかどうか――それだけが、これからの社会と技術を分ける、静かで、しかし決定的な分岐点になります。