1. 排水設備では「浸水させない」だけでは設計が閉じない

一般の建築物では、電気設備を浸水しにくい場所へ移すことが第一の対策になります。受変電設備、自家発電設備、分電盤、配電経路を想定浸水深より高い位置へ置き、建物への浸水経路には止水板、防水扉、マウンドアップ等を組み合わせる考え方です。

排水ポンプ場、地下排水設備、アンダーパスは前提が異なります。設備の目的そのものが、低い場所へ流入する水を集め、検知し、排出することだからです。ポンプ、吸水部、排水ピット、水位計の一部を水から完全に遠ざけることはできません。

したがって判断の出発点は、「どこまで水を止めるか」だけではなく、どこまでを水の側に残し、どの電源・制御・監視機能を水と別の故障領域へ置くかになります。

2. 国のガイドラインは「防ぐ」と「復旧する」を一つの設計にしている

国土交通省・経済産業省のガイドラインは、受変電設備、自家発電設備、分電盤、それらに付随する設備機器と配電経路を浸水対策の対象としています。個々の建築物ごとに設定浸水深と設定浸水継続時間を決め、その規模を超えて電気設備が浸水した場合には、早期復旧対策を併せて準備する構成です。

浸水リスクの低い場所へ置く

設定浸水深を踏まえ、電気設備そのものを高所・上階等へ配置する。

水防ラインを切れ目なく作る

出入口だけでなく、開口部、配管、排水・貯留設備等を含む浸水経路を予測する。

水防ライン内でも電気設備を守る

防水区画、設備の嵩上げ、浸水防止カバー、貯留等を組み合わせる。

想定を超えた後の復旧を決める

代替キュービクル、残存設備、臨時電力、代替発電機等を含む応急措置を事前に検討する。

重要なのは、浸水対策を講じれば電気設備は作動し続けるとは想定していないことです。想定規模を超える浸水も起こり得るため、防止と早期復旧を同じ計画の中に置いています。

Osaka / Suminoe Pump Station / 2026

3. 大型ポンプ6基が水没した「住之江抽水所」(住之江区)の場合――2026年9月8日に応急復旧費を計上

2026年6月26日、大阪市の住之江抽水所では、すべての雨水ポンプ6基が水没し、運転不能となりました。大阪市が排水後に確認した時点では、ポンプや配管の外観上の破損は確認されなかった一方、ポンプ室の仕切り壁が外側から内側へ破損し、大放水路とポンプ室のジョイント部にも破損が確認されています。

2026年9月8日、大阪市は住之江抽水所雨水ポンプの停止に伴う応急経費等として、当年度の下水道事業会計に21億1,500万円、来年度以降の債務負担行為42億8,900万円を追加する補正予算案を公表しました。合計すると64億400万円です。

読売新聞の報道では、部品交換などで少なくとも1基の復旧を目指す一方、6基すべてを更新する場合は約300億円が必要で、復旧には3年程度かかる見込みとされています。また、水没を免れた小型ポンプ2基と仮設ポンプ6基による応急排水能力は、水没した大型ポンプ6基の合計能力の1%未満と報じられています。

原因究明は現在も続いています。大阪市の有識者会議では、再発防止に向けてシミュレーションを行い、「多重防護」の具体的な手法を検討する方針が示されています。

ここから確認できる設計上の論点は、ポンプの台数だけではありません。6基を持っていても、同じポンプ室、同じ浸水経路、同じ配電・制御の影響範囲に置かれていれば、その共通領域を失ったときの予備にはなりません。

N+1を考える前に、何が一つの事象で同時に失われるのかという共通原因故障を分ける必要があります。

4. 水系、主電源、非常電源、制御・計装を別の故障領域として見る

排水設備を一つの「ポンプ設備」として見ると、故障点が隠れます。非常時に排水という機能を成立させるには、少なくとも水、動力、制御、計測、通信を分けて確認する必要があります。

機能水との関係設計時に確認すること
ポンプ・吸水部水側水中・冠水条件を含む機器適合性、複数台の共通浸水範囲
水位計・検出器境界停電時給電、信号経路、異常時の代替検出、自動切替の有無
受変電・配電原則として水から分離設定浸水深、配電経路、浸水回路の切離し、残存回路への給電
非常用発電機主系統と別の故障領域始動条件、燃料、切替、始動用電源、下流配電の浸水影響
UPS・直流制御電源制御・計装を残す側保持時間、バッテリー寿命、バイパス時の機能、遠隔監視、設置位置
PLC・リレー・通信・監視制御・判断側停電時の電源、ログ保存、通信断時のローカル自律、単一障害点

すべてを高所へ置けばよいわけではありません。水位計やポンプのように水の近くへ置く必要がある機器もあります。必要なのは、水側に残さなければならない機器と、水から分離できる電源・制御・判断機能を同じ場所へ寄せないことです。

5. 非常用電源は非常用発電機だけでは機能しない

非常用電源システムは、停電・水位の検出、起動判断、非常用発電機、切替盤、配電盤、制御盤、UPS・直流電源、そして排水ポンプまでが連続して作動して初めて機能します。非常時には、発電機単体ではなく、検出から負荷までの電力・信号経路全体を確認します。

非常時に確認する電力・信号の連鎖

停電・水位上昇 ↓ 検出・判断 ↓ 非常用発電機の起動 ↓ 切替 ↓ 配電 ↓ 制御・計装 ↓ 排水ポンプ

国の浸水対策ガイドラインは、電源車や代替電源を使用する場合に備え、外部電源接続盤を浸水のおそれがない場所へ設置することを示しています。さらに、操作電源を失うことを想定して切替開閉器を手動式とすることが望ましいとし、浸水エリアの回路を切り離して機能継続に必要な設備へ給電できるよう、非常用電源の供給ルート、回路構成、切離し・切替手順を平時から確認することを求めています。

もしも浸水した場合に備えて、N+1の電源経路を確保する。外部電源接続盤を浸水のおそれがない場所へ設置する意味はここにあります。

National Route 16 / Murata Underpass / 2026

6. 非常用発電機が動作する条件を決める装置を含めた非常用電源システムの確実な作動が前提

2026年8月の国道16号村田町アンダーパス冠水事案では、停電時に非常用発電機が作動せず、排水設備が停止しました。関東地方整備局の中間報告で確認された設備構成では、非常用発電機を起動するために、停電検知センサーからの起動信号と、水位計からの排水水位超過信号の2つが必要でした。

水位計は停電時にUPSから給電される構成で、停電直後から手動で非常用発電機が起動するまでの226分間、水位モニターは適切に表示されていなかったことも確認されています。中間報告は、水位未検知時の発電機起動、停電検知のみで起動する簡素化、遠隔監視、ログ保存などを今後の改良候補に挙げています。

さらに9月16日、千葉国道事務所は、7月24日の点検時にUPSで2回目のバッテリー交換時期アラームが確認され、UPSダウンを懸念してUPSを停止し、UPSを介さないバイパス給電へ接続替えを行っていたとの点検事業者からの報告を公表しました。

詳細は、千葉国道事務所が点検事業者からの報告を公表した2026年9月16日の資料で確認できます。

UPSと水位計は、非常用発電機の起動条件と監視を成立させる非常用電源システムの構成要素です。排水ポンプまで含めた一連のシステムとして、停電時の電源、信号、切替、監視が確実に作動することが前提になります。

UPSのバッテリー交換警報、暫定バイパス、年度予算、保守・監視の時間差については、「公共インフラで非常用設備がなぜ機能しなくなるのか|UPSのバッテリー交換警報と暫定運用」で扱います。

7. 水から逃げられない船舶では、主系統と非常系統を同じ事故に巻き込まない

排水設備を考えるうえで参考になるのが船舶の電源設計です。船は水の上にあり、浸水そのものを完全に排除する前提では安全を設計できません。

IMOのSOLASは、機械・電気設備について、非常時にも船舶、乗員・旅客の安全に不可欠なサービスを維持することを基本にしています。水密扉の電気設備に関するSOLAS改正では、電気機器を可能な限り水密甲板より上へ配置し、下部に置く必要がある機器には浸水防護を求め、一つの扉回路の故障が他の扉回路へ波及しない構成を求めています。

建築設備と船舶では適用規則も設備条件も異なります。その要求値をそのままポンプ場へ持ち込むのではありません。参考にすべきなのは、水の侵入を一つの想定事象として受け入れたうえで、非常電源・制御・重要機能を同じ事故へ巻き込まないという設計思想です。

Saijo City Pump Station / 2019

8. 西条市ポンプ場では、ポンプ本体とは別に直流制御電源を再設計した

2019年、西条市のポンプ場へ当社製直流電源盤を納入しました。既設のポンプ場では、AC100Vを全波整流したピーク電圧約141Vからシリコンドロッパで所定の直流電圧へ降圧し、鉛蓄電池をフロート充電する方式が長く使われてきました。

更新では、直流電源盤だけを新方式へ置き換えればよいわけではありません。接続される制御盤、リレー、計装、警報などが前提とする電気定格と要求電圧を維持する必要があります。

当社は、既設の他盤が要求する出力条件を維持したまま、専用スイッチング電源、充電ステージ可変機能、遠隔制御・モニタリングを組み込み、直流電源盤全体を再設計しました。

電源
既設制御が要求する電気定格・出力条件を維持。
充電
鉛蓄電池の状態・運用条件に合わせて充電ステージを可変化。
監視
電源・充電状態を遠隔から把握し、保守判断へつなげる。
既設互換
制御盤・計装を大きく変更せず既設条件へ適合。

この実装では、ポンプを動かす動力に加えて、制御、計装、警報、監視を支える直流電源を独立した設計単位として扱っています。

西条市ポンプ場の実装経緯と、N+1を本復旧までの時間から考える方法は、「公共インフラの非常用設備にN+1が必要な理由」で確認できます。

9. 排水設備では、故障領域と浸水リスクに応じた機器選定、設置を行う

各機器について、何をトリガーに作動し、どの条件で停止・不作動となるかを確認し、その場合にも必要な機能を継続する代替手段を設計します。

  1. 設定浸水深・浸水継続時間を決める。 ハザードマップ、過去浸水、地形、施設用途から設計条件を定める。
  2. 作動トリガーと不作動条件を確認する。 停電、水位、圧力、接点、通信、バッテリー状態など、起動・停止・切替を決める条件を機器ごとに確認する。
  3. 必要機能を分解する。 排水、検出、判断、起動、切替、制御、監視、通信を別機能として扱い、どこまで継続するかを決める。
  4. 電力と信号の経路を追う。 商用電源、非常用発電機、UPS、直流電源、リレー、PLC、通信まで、停電・浸水時にどの経路が残るかを確認する。
  5. 共通して失われる故障領域を確認する。 同じ浸水区画、盤、配線経路、制御ロジックに依存する機能を抽出する。
  6. 代替手段を設計する。 N+1の電源経路、外部電源接続盤、手動切替、代替検出、予備機、ローカル運転など、主系統を失った場合に残す手段を決める。
  7. N+1の成立を確認する。 一つの故障領域を失っても、別経路で必要機能を維持できることを確認する。

10. N+1は、共通原因故障を分離した後に成立する

ポンプを2台、3台、6台に増やしても、同じ浸水領域で同時に水没すれば、その浸水に対する予備にはなりません。発電機を追加しても、切替盤や制御電源が同じ場所で水没すれば、発電能力を負荷へ届けられません。

N+1は台数の式ではなく、一つを失ったときに残りの系統が独立して必要機能を維持できるかという設計条件です。浸水対策では、その「一つ」を機器単体ではなく、部屋、盤、配線経路、制御ロジック、電源、通信まで含む故障領域として確認します。

単一障害点の考え方は、「SPOFと無瞬断UPS」、本復旧までの時間を含む予備系設計は、「公共インフラの非常用設備にN+1が必要な理由」へつながります。

11. 適用条件と限界

  • 建築物向けガイドライン:国土交通省・経済産業省のガイドラインは主として建築物を対象とします。本稿は、その浸水リスク評価、高所配置、水防ライン、早期復旧、外部電源接続の考え方を排水設備の設計へ翻訳しています。
  • 船舶電源:SOLAS関連規定は建築設備へ直接適用しません。水密区画、非常電源、制御回路を一つの事故へ巻き込まないという設計思想だけを参照します。
  • 住之江抽水所:原因究明・再発防止の検討は継続中です。本稿は確認済みの水没・破損状況と、多重防護を検討する方針までを使用します。
  • 村田町アンダーパス:UPS停止・バイパス処置と非常用発電機不作動との因果関係は、2026年9月16日時点で調査中です。
  • 個別設計:必要な設置高さ、耐水・防水性能、電源容量、保持時間、切替方式は、浸水深、設備用途、負荷、復旧時間、保守体制によって異なります。

12. 排水ポンプを守る前に、排水機能を何で成立させているかを分ける

排水設備が必要になるのは、最も水が増え、停電や設備異常が同時に起こりやすい時間です。そのときポンプ本体だけが健全でも、水位を検出できない、発電機を起動できない、切替できない、制御電源がない、監視できない状態では排水機能は成立しません。

建築物の浸水対策は、水を入れないことから始まります。しかし排水ポンプ場では、水が存在すること自体が設備の前提です。そこで必要になるのが、水と電気を同じ故障領域に置かないことです。

水系、主電源系、非常電源系、制御・計装系を分離し、その後にN+1と早期復旧を設計する。排水設備の浸水対策は、止水だけではなく、故障領域の設計です。

参考資料

建築物における電気設備の浸水対策

国土交通省住宅局建築指導課・経済産業省産業保安グループ電力安全課「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」

住之江抽水所

国道16号村田町アンダーパス

船舶における非常電源・浸水時の電気設備

当社実装記録

慧通信技術工業株式会社「公共インフラの非常用設備にN+1が必要な理由|本復旧まで機能を維持する予備系設計」 — 2019年西条市ポンプ場向け直流電源盤の設計・納入記録。

改訂履歴

初版
初版公開。建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン、住之江抽水所、村田町アンダーパス、船舶の非常電源設計、西条市ポンプ場の直流電源盤実装を基に、排水設備の浸水リスク、非常用電源、N+1の設計条件を記載。

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