最新鋭物流拠点で起きた火災が示した現実
2025年11月11日午前10時20分ごろ、大阪府茨木市にあるインターネット通販大手アマゾンの物流拠点 「茨木フルフィルメントセンター」で火災が発生しました。鉄筋4階建て・延べ床面積約6万4,000平方メートルを誇る巨大物流施設で、 2018年開設の比較的新しい拠点です。高度な自動化設備と最新の防火システムを備え、日本の物流インフラを象徴する存在でもありました。
しかしこの火災は、発生から35時間以上が経過した翌12日午後9時頃、ようやく「鎮圧」状態となりました。 防火シャッターを含む防火設備は作動していたと報じられていますが、それでも延焼は避けられませんでした。 当時施設内にいた約370人の従業員は全員避難し、人的被害がなかったことは不幸中の幸いと言えます。
ここで、物流・製造に携わる立場として強く認識すべき事実があります。それは、同センターには最新の防火設備が導入され、 防火シャッターなども正常に作動していたにもかかわらず、延焼を完全には防ぐことができなかったという点です。
つまり、「設備は機能していた」のです。それでも火災は止まらず、消火活動は昼夜を問わず続き、その結果として長時間の操業停止を余儀なくされました。
この現実は、自動化・大型化が進んだ物流拠点ほど、一度火が入ると“止められない構造”を抱えていることを示しています。
出火元として浮上した物流ロボットと電源の問題
複数の報道や関係者証言から、この火災では稼働中の物流ロボットが出火元となった可能性が指摘されています。 AGV や AMR など物流ロボットの多くは、動力源としてリチウムイオン電池を搭載しています。
リチウムイオン電池は、高エネルギー密度で長時間稼働が可能という大きな利点を持つ一方、 内部に可燃性の電解液を含み、異常時には急激な発熱や激しい燃焼を引き起こす特性があります。特に、
- 過充電
- 物理的損傷
- 腐食性液体の侵入
- 温度異常
などが複合的に作用した場合、制御不能な熱暴走(サーマルランナウェイ)に至る危険性があります。
問題は、このリチウムイオン電池が、制度上・運用上「危険物として扱われにくい存在」であることです。 消防法上、リチウムイオン電池は内部に可燃性電解液を含むため、条件によっては「第4類引火性液体」に該当し得ます。 しかし現実には、電池単体は明確な危険物指定を受けておらず、数量にかかわらず一律の管理基準や、 危険物保安監督者による管理義務も課されていません。
その結果、工場や倉庫では次のような状況が常態化しています。
- ロボット本体、交換用バッテリー、充電器が同一エリアに混在している
- 絶縁処理や専用容器の徹底が不十分なまま保管されている
- 火災リスクアセスメントが「設備導入時」に十分行われていない
「安全回路」がもたらす認識のズレ
リチウムイオン電池は、BMS(バッテリーマネジメントシステム)や保護回路を備えているため、 「安全回路がついているから大丈夫」という認識が広がりがちです。 しかしこれは、大きな誤解を生みます。
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リチウムは「安全回路が落とし穴」──セル・モジュールごとに監視が必須
でも指摘している通り、BMS や保護回路はすべての異常を検知・遮断できる万能装置ではありません。
物流ロボットのように、
- 長時間・高頻度の充放電
- 常時振動や衝撃を受ける走行環境
- 夏冬を通じた温度変化
といった条件下では、セル単位での劣化や内部短絡が徐々に進行します。
「安全回路があるから安心」という思考停止こそが、最大のリスクだと言えます。
制度の空白と、「混在倉庫」という新しい危険
リチウムイオン電池は内部に可燃性の電解液を含むため、条件次第では消防法上の 「第4類引火性液体」に該当し得ます。にもかかわらず、電池単体は明確な危険物指定を受けておらず、 次のような制度上の空白が生じています。
- 危険物保安監督者の管理対象外となる
- 保管数量による規制がない
- 一般倉庫・自動化倉庫に他商品と混在して保管される
とりわけ EC 物流では、
- 電池
- 電子機器
- 可燃性商品
- 一般消費財
が高速で入れ替わりながら同一フロアに集積される「混在倉庫」が一般的になっています。 従来の危険物倉庫が「種類と量ごとに区画・管理する」発想だったのに対し、 混在倉庫はそもそも前提が違う構造と言えます。
最新鋭の自動化倉庫で起きた今回の火災は、 「燃えにくい倉庫」ではなく「一度燃え始めたら止めにくい倉庫」が生まれてしまっている現実を浮き彫りにしました。
サプライチェーン全体で見える電池リスク
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UN38.3は“安全の証明”ではない──リチウムイオン電池の輸送・品質・認証の誤解
でも述べている通り、UN38.3 などの認証は「輸送条件下での最低限の安全性」を示すにすぎず、
現場での長期運用・充放電・経年劣化を保証するものではありません。
さらに 2024〜2025 年にかけて、中国発のモバイルバッテリー市場では大規模なリコールが相次ぎました。 Anker、ROMOSS、Baseus といった世界的ブランドが自主回収に踏み切り、その規模は合計 200 万台超とも推計されています。
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中国モバイルバッテリー大規模リコールの真相──「126280」と深圳サプライチェーンが示した構造リスク
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モバイルバッテリー/ポータブル電源・法務・財務リスク
これらは単なる品質不良ではなく、設計・部材調達・検査・量産・流通までを含む構造的リスクが顕在化した事例です。 物流現場で使用されるバッテリーやポータブル電源も、同じサプライチェーン上に存在している以上、決して無関係ではありません。
物流を止めないために、今見直すべき視点
では、物流を止めないために何を見直すべきでしょうか。重要なのは、単なる設備の追加ではありません。 次のような設計思想レベルの見直しが求められています。
- リチウムイオン電池を危険物相当として扱う前提での運用設計
- 絶縁処理・専用容器・充電エリア分離の徹底
- 自動化設備導入「前」に火災リスクアセスメントを行うことの義務化
- 「無人化=安全」ではなく、監視・異常検知・初動対応を含めた設計思想への転換
自動化は、人を減らすための手段ではありません。
事業を止めないための仕組みであるべきです。
代替電源という選択肢──「燃えないこと」「止まらないこと」を両立する
ここで問われているのは、「自動化をやめるべきか」ではありません。
どの電源を使い、どう管理するかという、設計思想そのものです。
- リチウムイオン電池を危険物相当として扱う前提での運用
- 絶縁処理・専用容器・充電エリアの物理的分離
- 火災リスクアセスメントを含めた設備設計
- そして、電源そのものの再検討
その選択肢として近年注目されているのが、可燃性電解液を使用しない代替電源です。
こうした電源は、
- 可燃性電解液を使用しない構造
- 熱暴走・延焼リスクが極めて低い
- 長期保管・寒冷地・非常時でも安定稼働できる
といった特性を備え、「物流を止めないこと」を前提に設計された電源と言えます。
まとめ──物流を止めないために、いま優先すべきこと
アマゾン茨木フルフィルメントセンターの火災は、最新鋭設備であっても、 自動化が進んだ物流拠点ほど、火災時のダメージが甚大になることを示しました。
物流を止めないために今求められているのは、 「効率」よりも「燃えないこと」「止まらないこと」です。
電源の選択は、もはや現場判断ではなく経営判断です。
自動化の未来を本当に支えるために、今こそ足元のリスクと正面から向き合う必要があります。
本記事で示したように、電源と運用設計を見直すことで、「燃えにくく、止まりにくい物流拠点」に近づくことは十分に可能です。