VoLLは「何も起こらない価値」を語るための共通言語
VoLL(Value of Lost Load)は、電力が供給されなかったときに発生する損失価値を、単位あたり(例:円/kWh)で表す考え方です。 大事なのは、VoLLが“便利な言葉”で終わらず、投資・保険・BCP・運用改善の判断に接続できることです。
「損失が起きた後に後悔する」のではなく、損失が起きない状態(停止しない・復帰が早い)を、事前に価値として扱う。 それが、VoLLが扱う領域です。
なぜ“停電が少ない国”ほど、VoLLが必要になるのか
停電が少ないと、統計上は「問題がない」ように見えます。ですが現場では、次のような理由で “短い電源イベントが長い停止”を作ります。
- PLC/NC装置/サーバーの再起動・再同期に時間がかかる
- ライン全体が再構成待ちになり、ボトルネックが停止時間を引き延ばす
- 途中工程の中断で不良品・廃棄が発生し、復旧後も損失が続く
- 復旧作業が人手を奪い、他業務が連鎖停止する
だからこそ、“発生頻度が低いから議論しない”ではなく、1回あたりの損失を測って投資判断にする必要があります。
VoLLの基本式:損失を“単価”へ落とす
VoLLは、概ね次の形で表せます。ここでは“説明できる”形に単純化します。
※VoLLは、海外では $/MWh・£/MWh のように MWh単位で示されるのが一般的です。
本稿では現場計算になじむ円/kWh表記を使いつつ、意思決定や比較の場では 円/MWh換算も併記します。
VoLL(円/kWh) = 停止による損失額(円) ÷ 未供給電力量(kWh)
分子(損失額)は売上だけではありません。現場では次のように分解できます。
- 生産停止・機会損失(売上・粗利)
- 復旧対応の人件費・外注費
- 不良品・廃棄・再加工コスト
- 納期遅延・ペナルティ
- 信用・ブランド毀損(定量化が難しいが意思決定上重要)
0.1秒の瞬低・瞬停で損失100万円超──業務停止リスクをVoLLで可視化
「万が一」とは呼べない、瞬低の発生確率
業務停止リスクはしばしば「万が一」と表現されます。一般に「万が一」は 1/10,000(0.01%)程度の確率を指し、 「滅多に起きないから深追いしない」という意思決定を誘発しがちです。
しかし、瞬時電圧低下(瞬低)は“まれな事故”というより、 一定の頻度で起き得る電源イベントとして扱うほうが実務に合います。 たとえば、地域差や観測条件はあるものの、文献では次のような傾向が報告されています。
- 20%以上の電圧低下を伴う瞬時電圧低下の回数:1年で約5回
- 瞬時電圧低下の継続時間:20秒以下が20%以上、36秒以上が10%程度
(引用:社団法人電気協同研究会「電気協同研究」第46巻第3号 平成2年7月)
仮に「年5回」を単純に日割りで粗く捉えると、5/365 ≒ 1.37%です。 これは工業製品の不良率に置き換えれば、現場で即是正対象となり得る水準であり、 “電源のレア事故”として片付けると、優先順位付けを誤る可能性があります。
さらに重要なのは、瞬低が「発生したかどうか」よりも、 PLC・制御装置・搬送設備・倉庫システム・通信機器などが “影響を受ける継続時間帯”が一定割合で存在するという点です。 結果として、ミリ秒〜秒のイベントが、工程全体の復帰待ち・再同期・安全停止を経て、 「停止は1時間」のような長い業務影響へ波及します。
製造業・物流業での試算例 ──「1時間止まるだけ」で何が起きるか
当社では、過去記事および自社シミュレーターを用い、瞬低・瞬停による業務停止損害を可視化しています。 例えば、製造業・物流業を想定し、以下の条件で試算した場合、
- 売上高:20億円
- 社員数:50名
- 影響時間:1時間
- 対応費用:30万円
当社シミュレーターでは、1,364,396円の損害が発生すると算定されます。
この損失には、生産・出荷停止による機会損失、人件費・固定費の空転、 再立ち上げ・段取り直しのロスといった、製造業・物流業特有の影響が含まれています。
VoLL換算:損失を「円/kWh」に落とす
ここで重要なのは、「1,364,396円」という損害額そのもので議論を止めないことです。 停止影響を電力量あたりの単価(円/kWh)に変換することで、 UPS・冗長化・電源品質対策・運用改善といったBCP施策を、 同じ尺度(ROIと優先順位)で比較できる状態が生まれます。
先ほどの条件を、電力量ベースで整理すると次のとおりです。
- 受電設備:500kVA
- 負荷率:60%
- 力率:0.9(仮定)
- 停止時間:60分(= 1時間)
- 未供給電力量:270kWh(= 500kVA × 60% × 力率0.9 × 1h)
この未供給電力量に、先ほど算定した損害額(1,364,396円)を当てはめると、 VoLL(Value of Lost Load)は次のように求められます。
- 損失合計:1,364,396円
- 未供給電力量:270kWh
- VoLL:1,364,396 ÷ 270 ≒ 5,053円/kWh
これは、一般的な電力単価(20〜30円/kWh)を桁違いに上回る水準であり、 「電気代」ではなく「停止コスト」でBCP投資を判断すべき理由を、 数字として明確に示しています。
参考として、仮に同規模の停止が年5回起きる前提なら、年間期待損失は 約682万円/年(= 1,364,396円 × 5)となり、予算・ROIの議論に直結します。
※VoLLは「絶対値」ではなく、前提(停止時間・負荷・復旧条件)を固定した 比較のための単価です(力率・負荷率などの前提は施設ごとに見直してください)。
海外事例:VoLLは「停電の損失」ではなく、投資判断と制度設計の共通言語として使われている
VoLL(Value of Lost Load)は、現場の停止損害を「単価」に変換するだけの概念ではありません。 海外では、供給信頼度(reliability / security of supply)に値札を付けることで、 送電・発電・需要側対策(DR)・容量市場などの「どこに投資すると社会的に合理的か」を比較するための基準として扱われます。
事例1:米国テキサス(ERCOT)— “計画”のためのVoLLを、顧客調査で推計して採用へ
ERCOT(テキサスの系統運用者)は、信頼度基準(reliability standard)などの計画用途にVoLLが必要だとして、 顧客調査に基づく推計を実施し、1時間・ERCOT-wideで約$35,000/MWh(具体値:$35,685/MWh、2024年ドル)を推奨しています。 さらに住宅・小規模商業・中大規模C&I(商工業)といった需要家区分ごとのVoLLも提示しています。
- 1時間あたり:住宅 $3,964/MWh、小規模C&I $666,907/MWh、中大規模C&I $22,721/MWh、ERCOT-wide $35,685/MWh(2024$)
- 前提:平日午後・事前通知なし、季節は夏冬共通として扱う(代表シナリオ)
ここで重要なのは「数字の大小」よりも、“停止を語るための前提(時間帯・通知・業種)を固定し、意思決定に使う単価に落とす”運用です。
事例2:英国(Great Britain)— 容量市場・需給調整の設計にVoLLを接続
英国では、規制当局Ofgemと政府部門(当時のDECC)向けに、VoLL推計の詳細報告が作られています。 報告書はVoLLを、供給の安全性に対する価格シグナルとして位置づけ、 容量市場(Capacity Market)や需給調整(balancing / cash-out)などの制度設計で使われ得ると述べています。
- 家庭(1時間):WTAモデルで £6,957〜£11,820/MWh(冬・ピーク・週末が高い)
- SME(1時間):WTAで £33,358〜£44,149/MWh(冬の稼働日に高い傾向)
また同報告は、一般にWTA(我慢するなら補償はいくら必要か)がWTP(避けるためにいくら払うか)より大きくなりやすいこと、 そして供給途絶の“影響”を評価する文脈ではWTAが政策的に適合しやすい、という考え方も整理しています。
事例3:豪州NEM — 信頼度基準(USE)と価格上限(VoLL)がセットで設計される
豪州のNEM(National Electricity Market)では、信頼度基準が未供給電力量(USE)で定義され、 現行標準は「年間消費電力量の0.002%を上限」といった形で表現されます。 そのうえでVoLL(市場上限価格)やCPT(累積価格しきい値)といった設定が、 需給ひっ迫時の価格シグナル=投資と運用のインセンティブとして重要だと説明されています。
よくある批判と限界:VoLLと停電確率は「市場では正しく推定できない」
電力自由化の文脈では、 「VoLL(停電時の社会コスト)と停電確率(LOLP)を市場が正しく推定できるという仮定がなければ、 理論的な最適解は成立しない」 という批判が古くから指摘されています。
この批判の核心は情報非対称性にあります。 系統構成、設備状態、冗長度、保守計画といった情報は、 事実上、発電・送配電事業者側に集中しており、 需要家や市場参加者が独立して停電確率を推定することは困難です。
重要なのは、この指摘が 「VoLLという考え方が誤っている」ことを意味しているのではない という点です。 海外の制度設計はむしろ、この情報非対称性を前提に、 VoLLを市場に丸投げしない形で運用されています。
本稿で扱うVoLLも同様に、 電力市場全体の価格形成を目的とするものではありません。 そうではなく、 個別の施設・事業・工程において、 業務停止1回あたりの損失を説明可能にするための 「意思決定の単価」 として位置づけています。
※海外のVoLLは多くの場合 $/MWh・£/MWh の形で提示されます。本稿の計算例(円/kWh)は、海外比較をしやすいように円/MWhへ換算して併記すると実務で便利です。
予算編成に落とす:VoLL → 年間期待損失 → 対策ROI の順に並べる
予算会議で止まるのは、「停電が怖い」ではなく“いくら得するのか(損を減らすのか)”が同じ尺度で語れないときです。 VoLLはその“共通言語”になります。コツは、次の順で並べ替えることです。
- イベント定義:停電(長時間)/瞬低(ms〜秒)/瞬停(秒)/通信断/制御系停止/サイバー等 (「短いイベントが長い停止になる」ものほど優先)
- 停止時間の実測:工程別に「止まった時刻→復旧→品質回復」をタイムスタンプで残す
- 損失分解:粗利だけでなく、不良・廃棄・復旧人件費・外注・遅延ペナルティ・信用影響を分けて積み上げる
- VoLL化:損失(円)÷未供給電力量(MWh)で“単価(円/MWh)”にする
- 年間期待損失:発生頻度(回/年)× 1回あたり損失(円)で、年あたりの損失を見える化
- 対策の効果:UPS・非常用電源・冗長化・自動復帰・PQ改善・運用手順で「停止時間」「発生頻度」「影響範囲」をどれだけ減らすかを置く
- ROI:削減できる年間期待損失(円/年)と、CAPEX/OPEXを比較して投資回収年を出す
海外のVoLL研究が示すのは、「国・制度が違っても、前提を固定して“単価”に落とすと比較と合意が進む」という実務的な効き方です。 ERCOTは信頼度基準などの計画用途に使うため、顧客調査から1時間あたり$35,685/MWh(2024$)を採用することを推奨しています。
業務停止損害額シミュレーションをVoLL実務へ
VoLLは「単価(ものさし)」です。現場で使うには、停止損害の分解、復旧時間、優先負荷、対策後の改善幅などを “説明できる形”に整える必要があります。
業務停止損害額シミュレーション(停電・サイバー攻撃被害対応・費用対効果)は、 VoLLを「現場の意思決定」に落とし込むための枠組みです。
※「停電が少ない=安全」ではなく、「短い電源イベントが長い停止になる」現場構造を、一次データで説明できる状態が重要です。
よくある質問(Q&A)
以下は、本稿公開にあたり想定される代表的な質問と、その考え方を整理したものです。
Q1. VoLLは「停電時の平均的な被害額」を示す指標ですか?
いいえ。本稿で扱っているVoLLは、被害額の平均値や統計値を示すものではありません。 停止時間、工程構成、復旧条件などの前提を明示した上で、 「業務停止1回あたりの損失を説明可能にするための単価」 として用いる指標です。
Q2. VoLLは市場が正しく推定できない、という批判がありますが?
その指摘は重要であり、海外でも共有されています。 系統構成や設備状態に関する情報には情報非対称性があるため、 VoLLや停電確率(LOLP)を市場に丸投げする考え方は採られていません。 本稿のVoLLは、電力市場価格を決めるための数値ではなく、 施設・事業単位の意思決定を説明するための指標です。
Q3. VoLLを高く設定すれば、どんな対策投資でも正当化できてしまいませんか?
そのリスクがあるため、本稿では一次データの重要性を強調しています。 電源品質ログ、復旧時間、損失の内訳といった実測データを伴わないVoLLは、 意思決定の根拠として適切ではありません。 前提条件を明示し、検証可能な形で使うことが不可欠です。
Q4. 海外のVoLL数値を、そのまま日本に当てはめてよいのですか?
当てはめるべきではありません。 海外事例は「考え方」や「使い方」を示すものであり、 数値そのものは産業構造、契約慣行、工程設計によって大きく異なります。 日本の現場では、自らの一次データに基づいて算定することが前提です。
Q5. VoLLは電力自由化や電力価格高騰の議論と関係しますか?
電力市場全体の制度設計とは切り離して考える必要があります。 本稿の焦点は、停電が少ない社会においても発生する 瞬低・瞬停・復旧遅延による業務停止リスクを、 予算・BCPの意思決定にどう反映するかという点にあります。
Q6. VoLLは誰が決めるべき指標なのでしょうか?
一律に決められる指標ではありません。 現場・施設・事業ごとに、停止の影響範囲や復旧条件は異なります。 重要なのは、関係者が共通理解を持てる形で 「なぜこの単価になるのか」を説明できることです。
※VoLLは答えを出すための数値ではなく、 「何も起こらない価値」を説明するための共通言語です。
参考文献・出典(VoLL / 供給信頼度)
-
Electric Reliability Council of Texas (ERCOT)
Value of Lost Load (VoLL) Study for the ERCOT Region
テキサス州の系統運用者ERCOTが、信頼度基準(Resource Adequacy / Reliability Planning)で 使用することを目的に実施したVoLL調査。需要家調査に基づき、 住宅・商業・産業別VoLLおよびERCOT-wideの代表値(約35,685 USD/MWh, 2024$)を提示。 -
Ofgem / Department of Energy and Climate Change (DECC), United Kingdom
The Value of Lost Load (VoLL) for Electricity in Great Britain(London Economics)
英国の規制当局Ofgemおよび政府部門(当時のDECC)の委託により実施された詳細調査。 家庭・SME・商工業需要家を対象に、WTP/WTA手法でVoLLを推計。 VoLLを「供給の安全性(security of supply)に対する価格シグナル」と位置づけ、 容量市場や需給調整制度への活用可能性を示している。 -
Australian Energy Market Commission (AEMC)
Review of the Reliability Standard and Market Price Settings
豪州NEM(National Electricity Market)における信頼度基準(USE:未供給電力量)と、 市場上限価格(VoLL)、累積価格しきい値(CPT)の関係を整理した公式レビュー。 「信頼度基準と価格シグナルを組み合わせることで、投資・運用のインセンティブを形成する」 という制度設計思想を示している。
※本稿は、上記文献に示されるVoLLの考え方を、日本の事業・施設・BCP実務に適用する視点で再構成しています。 海外の数値をそのまま当てはめるものではなく、一次データに基づく自社・自施設VoLLの算定を前提としています。