1. まず押さえるべき「出自」──これは誰のための文書か

どんなレポートも、「誰が」「誰に向けて」書いているかを確認せずに読んでしまうと、 誤解や過大評価を招きます。経産省のこの資料も同じです。

2024年版・2025年版の冒頭では、「製造業を巡る現状」と「今後の政策の方向性」を整理し、 政策立案や産業界との対話のベースとする資料であることが明示されています。 また、巻末には「グローバル競争力強化に向けたCX研究会」のメンバーとして、 大手製造業のCIOやCFO、コンサルタント、学識経験者の名前が並びます。 (※出典:経済産業省「製造業を巡る現状の課題と今後の政策の方向性 2024年5月版」※以下:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版)

つまりこの資料は、霞ヶ関の内部検討用メモでも、一般向けの啓発資料でもありません。 「製造業の経営層・コーポレート部門に対し、どこにメスを入れるべきかを共有するための、 かなり実務寄りの“診断書”」として作られています。 その前提を押さえておくと、ページをめくるたびに見えてくる風景が変わってきます。

2. 経産省レポート2024→2025で何が変わったのか

2024年版と2025年版を並べると、構成そのものは大きく変わっていません。 どちらも第1章で「製造業を巡る現状」を整理し、その中に 「①現状認識と課題」「②組織・コーポレート機能の再設計の必要性」という小見出しが置かれています。 (出典:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版)

しかし、ページを読み進めると、2024年版以降の資料には、 それ以前にはあまり見られなかった「かなり辛辣な日本企業批判」が並びます。 例えば、

  • 「日本企業にしか存在しない“経営企画部門”」という見出し
  • 「経理・財務部門による管理会計業務への関与割合」を示すグラフ
  • 「バケツリレー式経営」「経営企画部式経営」というラベリング

これらは、単なる比喩ではありません。 経営企画・財務・人事といったコーポレート機能が、本来果たすべき「全社最適の設計者」として機能していないという、 かなり厳しい診断です。 霞ヶ関の公的文書としては、ここまで企業内部に踏み込んだ表現は珍しいと言ってよいでしょう。

3. 「組織・コーポレート機能の再設計」とは何を指しているのか

第1章「② 組織・コーポレート機能の再設計の必要性」では、 日本企業の組織構造とコーポレート機能について、いくつかの典型的な問題が指摘されています。 ここではそのうち、特に企業の現場に効いてくるポイントを三つに絞って整理します。

ポイント1:ファイナンス機能の「ビジネスとの距離感」

レポートでは「日本企業のファイナンス機能の現状:ビジネスとの距離感」と題し、 経理・財務部門が主導している業務の内訳を示したサーベイ結果が紹介されています。 (出典:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版) そこでは、予算管理などバックオフィス的な役割への関与割合が高い一方で、 経営戦略・事業戦略に踏み込んだ「ビジネスパートナー」としての活動は低調であるとされています。 (出典:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版)

言い換えれば、日本企業のCFO部門は「数字を集計する人」であって、 「数字をもとに事業ポートフォリオを組み替える人」になりきれていないということです。 これは当社が連載してきた「生産性」シリーズで指摘した、 「一次データを持たないまま効率化だけを求める経営」とも直結する問題です。

ポイント2:「日本企業にしか存在しない“経営企画部門”」

もう一つ象徴的なのが、「日本企業にしか存在しない“経営企画部門”」というスライドです。 (出典:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版) ここでは、従来の日本的経営では法人単位で制度・ルールを作り込むため、 全社横断的なシステムやルールの整備が進まず、結果として 「連邦経営」を調整する役割として経営企画部門が膨張してきた、と指摘されています。 (出典:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版)

その結果、経営企画は 戦略立案よりも「庶務・調整業務」に追われ、本来の役割である全社アーキテクチャ設計にリソースを割けていない。 これは、現場から見れば「経営企画に資料を出しても、意思決定のスピードは上がらない」という感覚にもつながります。

ポイント3:データ標準化と管理会計のギャップ

また、製造DXの章では「全体最適に向けたデータの標準化・一元管理の必要性」が強調され、 部門ごとにバラバラに管理されているデータ構造が、 QCDSEの改善や管理会計を阻害していると整理されています。 (出典:経産省今後の政策の方向性 2024年5月版)

これは、生産性シリーズ第3回「『効率化』が通用しなくなる時代、一次データをどう持つか」で述べた 「一次データが分断されている限り、本当の生産性は測れない」という問題と、 ほぼ同じ構造を指しています。 霞ヶ関の資料と現場の肌感覚が、珍しく同じ方向を向き始めていると言ってよいでしょう。

4. なぜメディアも政治も、この辛辣な指摘をスルーしているのか

ここまで踏み込んだ内容であれば、本来であればメディアや国会質疑で取り上げられてもおかしくありません。 にもかかわらず、2024・2025年版レポートの「組織・コーポレート機能の再設計」パートが大きな話題になることは、 ほとんどありませんでした。

理由はいくつか考えられます。

  • 141ページにおよぶ資料全体を読み切る人自体が限られている
  • 組織構造や管理会計の議論は、一般向けニュースに乗せにくい
  • 補助金や個別施策に比べ、「企業内部の設計」の話は票になりにくい

しかし、経営者や工場・事業拠点の責任者にとっては、この「スルーされている部分」こそが、 これから数年の競争力を左右する本丸だと私たちは考えています。 生産性シリーズで繰り返し述べてきたように、 DXもGXも、最終的には「どの一次データを握り、どの単位で意思決定するか」という設計の問題に行き着くからです。

5. 経営側はこの資料をどう読むべきか

では、経営者や工場長、コーポレート部門の方は、この経産省レポートをどのように読み解けばよいのでしょうか。 私たちは、次の三つのステップをおすすめします。

ステップ1:自社の「前提条件」と照らし合わせる

まずは第1章「①現状認識と課題」のグラフやサーベイ結果を、自社の状況と照らし合わせてみてください。 例えば、

  • 自社のCFO部門は、どこまで事業ポートフォリオに踏み込めているか
  • 経営企画は、どの程度「全社最適を設計する時間」を確保できているか
  • 管理会計と一次データの構造は、事業単位より現場単位に近づいているか

こうした観点で眺めると、レポートは単なる「国の診断書」から、 自社の組織設計を見直すためのチェックリストに変わります。

ステップ2:「生産性」シリーズとの接点を整理する

当社がこれまで連載してきた 「なぜ日本企業は、生産性向上ができないのか?」シリーズでは、 一次データ重視の経営、TPS・日本的生産方式の限界、「効率化」の前提が崩れる世界、 そしてGO/STOP・RTO・MTTRといった指標によるレジリエンスの数値化を議論してきました。

経産省レポートが投げかけている「コーポレート機能の再設計」は、 これらの議論と地続きです。 一次データをどの単位で握り、どの指標で現場と経営をつなぐのか。 その設計権限をどこに置くのか、という問いに他なりません。

ステップ3:補助金・施策ではなく「構造」の話として読む

レポート後半には、製造DX支援策や補助金スキームも多数紹介されています。 しかし本稿で強調したいのは、それらはあくまで「構造を変えるための手段」に過ぎないという点です。 先に構造(どこで意思決定し、どこでデータを握るか)を設計し、 そのうえで必要な部分だけを補助金で加速する、という順番が求められています。

6. 今後の連載と、「オフグリッド」への接続

本稿は、経産省レポートを読み解く全三回シリーズの第1回です。 第2回では「補助金行政の限界」、第3回では「不確実性から距離を取る企業たち」というテーマで、 同じ資料を別の切り口から読み解きます。

そしてその先には、当社が提唱している オフグリッド があります。電力インフラの世界で、自律・分散・非同期という設計原理を徹底した結果として生まれた 「パーソナルエナジー」は、経産省レポートが問題提起する 「外部依存からの脱却」と「自律した構造」を、電源という領域で具体化したものです。

霞ヶ関文学の変化を読み解くことは、補助金や制度の読み方を学ぶことではありません。 日本の製造業が、どこまで自律分散の設計原理に近づけるかという、 これから10年の競争力を左右する問題を正面から捉えることだと考えています。

参考資料