1. 「効率化」の前提が静かに崩れている
これまでの日本企業は、「社会インフラは止まらない」「大規模災害はそう頻繁には起きない」 「サイバー攻撃は自社には関係ない」という前提のもとで効率化を進めてきました。 その前提の上で、業務フローを細かく最適化し、人員をギリギリまで削り、在庫を圧縮する──そうした取り組みは一見合理的に見えます。
しかし、現実には
- 老朽化する電力・通信・物流インフラ
- 頻度・規模ともに増加する自然災害
- 業種・規模を問わず被害が拡大するランサムウェア
といった要因が重なり、「止まらない前提」そのものが揺らいでいます。
連載第1回・第2回で扱ったように、単純な「業務効率化」だけでは、生産性どころか事業継続そのものが危うくなる局面が増えています。
ランサムウェアや停電時の考え方については、 「DX“効率化”が業務フローを殺す」や 「“止める・守る・再開する”の実装」で詳しく整理しています。 本稿では、その考え方を「生産性」という軸であらためて捉え直します。
2. 生産性とは「止まらないこと」ではなく「早く立ち直れること」
生産性という言葉は、しばしば「ムダを削る」「人を減らす」といった効率の議論と混同されます。 しかしインフラリスクが常態化した社会では、「止まらないこと」だけに依存した生産性は、非常に脆い価値になってしまいます。
大事なのは、事業を いつ止めるのか(STOP)、 どこまで止めるのか(縮退運転の許容範囲)、 そしてどれだけ早く・どの状態まで戻すのか(GO)を事前に決めておくことです。
そのための軸として、本稿では次の2つの指標を取り上げます。
- RTO(Recovery Time Objective:目標復旧時間)
「止まってからどれくらいの時間で、どのレベルまで戻したいか」を決める指標です。 - MTTR(Mean Time To Recovery:平均復旧時間)
実際にトラブルが発生した際、「平均してどれくらいの時間がかかっているか」を表します。
RTO と MTTR を並べて見ると、「目標と現実のギャップ」が浮かび上がります。 効率化だけを進めてきた現場では、RTO が暗黙のうちに短く設定されている一方で、 実際の MTTR は「想定外」を理由に長期化する傾向があります。
3. 一次データがなければ、RTO・MTTRは絵に描いた餅になる
連載第2回では、業務プロセスの分解と再設計を扱いましたが、 その前提にあるのが「一次データを誰が、どこで、どう持つか」です。
停電やランサム被害が発生したとき、システムや設備は再起動できます。
しかし、一次データが失われていた場合、復旧は「ゼロからの再構築」になってしまいます。
たとえば以下のようなデータです。
- 仕掛り中の生産指示・作業実績
- 物流センターに滞留している荷物の位置と状態
- 発注・入庫・出庫のトランザクションログ
- 製造ラインの計測・検査データ
「コールドストレージ×可搬型UPSで“止める・守る・再開する”を実装」 で示したように、電源側で一次データを守ることができれば、 「止める・守る・再開する」の一連のプロセスを現実的なRTOの範囲に収めることができます。 逆に、一次データが失われると、いくらシステムを高速に再起動しても生産性は戻りません。
同様に、 「停電・ランサム被害、備えの差が企業価値を分ける」 では、1回の停電で投資回収できるレベルの損失が発生し得ることを、シミュレーションで示しました。 ここでも鍵になるのは、一次データをどこまで守れるか、という点でした。
4. RTO・MTTRを使って「GO/STOP」を決める
劣化する社会インフラ環境の中で生産性を維持・向上させるには、 感覚だけではなく数値で「GO/STOP」を決める仕組みが必要です。 ここで活きてくるのが RTO と MTTR です。
ステップ1:RTO を「経営が許容できる停止時間」として定義する
まず、業務ごとに「どれくらい止まると致命傷になるか」を整理します。 これは「効率をどこまで高めるか」ではなく、「どこまで止まっても会社として耐えられるか」を決める作業です。
ステップ2:現状の MTTR を計測し、ギャップを可視化する
次に、過去の障害ログをもとに、実際の復旧時間を洗い出します。 電源トラブル、システム障害、ランサム被害など、原因別に MTTR を出していくと、 「効率化のしわ寄せ」がどこに出ているかが見えてきます。
ステップ3:ギャップを埋める投資を「生産性向上」として位置づける
RTO < MTTR になっている領域については、 電源・ネットワーク・バックアップ・運用フローのどこにボトルネックがあるかを分解します。 そのうえで、「RTO を満たすために必要な投資」を、生産性向上の一部として扱います。
この考え方は、 「“偶発的な外乱?”──瞬停リスクを“改善ポイント”に変える方法」 や 「瞬停は“止まらない工場”への第一歩」 で扱っている電源トラブルを“見える化”するアプローチとも通じます。
5. 一次データを守るための電源・通信レイヤー設計
一次データを守るには、システムだけではなく電源・通信レイヤーの設計が欠かせません。 これは、当社がこれまでの連載や事例で繰り返しお伝えしてきたテーマでもあります。
- 「老朽設備でもできる電源安定化」 :老朽設備の上に最新機器を載せる現場で、まず電源から若返らせるという考え方
- 「“止めないFAX”」 :双方向インバーターUPSで、複合機の変動負荷でも受信を止めない具体例
- 「理論値サイクルタイムを守る制御・通信電源」 :制御・通信レイヤーを回路単位で守ることで、TCT を揺らさない事例
- 「物流を止めない ― 自動化の盲点とその対策」 :混在倉庫・自動化倉庫における火災と電源リスク
- 「AGV・AMRの充電インフラの課題」 :移動体の電源がもたらす新しいリスク
これらに共通するのは、「一次データと復旧能力を守ることが、そのまま生産性を守ることになる」という視点です。 もはや電源・通信は単なるインフラではなく、生産性指標そのものを左右する要素だと捉える必要があります。
6. AI が支える「回復力を数値で語れる経営」
RTO・MTTR・一次データ・電源構成を組み合わせた設計は、一度きりの検討では終わりません。 拠点の追加や業務の変化に応じて、継続的に見直しが必要です。
当社では、 「AIが24時間、工場・物流現場の電源BCPとUPS構成を提案」 で紹介しているように、ChatGPT 連携の AI アシスタントを使い、 現場条件に応じた電源BCP・UPS構成のたたき台を自動生成する取り組みを進めています。
こうしたツールを活用することで、 「感覚的な復旧」から「再現性のある復旧」へ、 そして「回復力を数値で語れる経営」へと一歩ずつ近づいていくことができます。
まとめ──効率化の時代から「回復力を数値で語る」時代へ
本稿では、「効率化」が通用しなくなる時代に、生産性をどう定義し直すかを考えました。 効率化だけに依存した生産性は、インフラリスクやサイバーリスクの前では非常に脆くなります。
- これからの生産性は、「止まらないこと」ではなく「どれだけ早く・正確に立ち直れるか」で測られます。
- RTO・MTTR を使って GO/STOP を決めることで、投資の優先順位が明確になります。
- 一次データをどう持つか、電源・通信レイヤーでどう守るかが、復旧能力を左右します。
- 過去の記事で扱った「止める・守る・再開する」「瞬停を改善ポイントに変える」という視点は、そのまま生産性の議論につながります。
効率化の時代は終わりつつあります。これから問われるのは、
回復力を数値で語れる経営です。
自社の RTO・MTTR、一次データの持ち方、電源・通信レイヤーの設計を整理したいとお考えの場合は、
ぜひ一度ご相談ください。